An −第一章・14−

 

 

一ヵ月後――。

 

ウェッジム王国がアリズフォール共和国に和平を申し入れてきた。

 

今回の戦争でかなりの数の戦死者が出てしまった為、これ以上攻め込むことが出来ない上、

領地拡大は見込めないと考えだからだろう。

しかもアリズフォール共和国とサントワール王国は同盟を結んでいる。

だが、ウェッジム王国は現在、どの国とも同盟を結んでおらず、

また、今の状態でのウェッジム王国と同盟を結ぶメリットもない為、

どこの国も同盟を結ぶことに首を縦に振らないのだった。

 

しかし、このままウェッジム王国を放っておいても時が経てばまた攻め入って来る事は間違いないだろう。

 

アリズフォール共和国は和平を受け入れることにした。

そしてその盟約の証として、ウェッジム王国の王女とアリズフォール共和国の王子の結婚と、

ウェッジム王国の王子・エリックとサントワール王国の第一王女であるアンジェルの結婚が決まった。

 

 

突然の話に城内はざわめき、倖弥とアッシュは驚いた。

特に倖弥にとってそんな話は時代劇や昔話でしか聞いた事がなく、

自分の身の回りでそういう話が現実になるなど考えたこともなかった。

 

まさかアンジェルが……

 

倖弥はこの時、初めて自分の気持ちに気付いた。

 

(アンが他の男と結婚してしまう……)

 

アンジェルの事が好きだという事に――。

 

 

アンジェルはただ泣いていた。

国王の私室で結婚の話を聞かされた後、その場で泣き崩れた。

その声は部屋の外で待機していた倖弥や侍女達にも聞こえ、

しばらくして国王の私室から出てきたアンジェルは自分の部屋に戻ると閉じ篭ってしまった。

 

 

 

 

そしてその日の夜――。

 

アンジェルの事で倖弥は寝付けないでいた。

 

……コン……コン……

 

すると、夜中だというのに遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。

 

(……気のせいか?)

 

倖弥は少しだけ体を起こしたが、こんな時間に誰かが

訪ねて来る事などないと思い、再びベッドに横たわった。

 

……コン、コン……

 

しかし、今度は先程よりも少し強いノックの音がした。

倖弥はベッドから出て、ドアを開けた。

 

「アン……、どうしたんだ? こんな時間に」

訪ねてきたのはアンジェルだった。

倖弥はまさかアンジェルが訪ねてくるとは思ってもいなかった。

 

「ユキ……ッ」

アンジェルは倖弥の顔を見上げ、抱きついた。

 

「アンッ!?」

倖弥は驚き、戸惑っていたが誰かに見つかってしまってはまずい思い、

慌てて部屋の中にアンジェルを入れた。

 

「私、結婚なんてしたくないっ」

 

「アン……」

 

「ユキの事が好きなの……ずっと一緒にいたい……離れたくないの」

アンジェルはそう言うと倖弥の胸で泣き始めた。

しかし、倖弥にはどうする事も出来なかった。

自分はただの護衛役兼話し相手と言うだけで、

しかも、倖弥は本来ならここにいるはずのない人間だ。

何も出来ない。

結婚を壊すことも何も……。

 

「俺だって……好きだよ。でも……」

そう言ったきり、ただアンジェルの肩を抱いた。

 

 

「ユキ……私と一緒に逃げて……?」

すると、泣いていたアンジェルが倖弥の顔を見上げて言った。

 

「このまま二人でどこか遠くへ逃げれば……そうすれば……」

「アン、そんな事出来るわけ……」

「どうして?」

「どうしてって……、だって、俺は……」

「今、私の事、好きだって言ってくれたじゃない……あれは嘘?」

「嘘じゃないっ」

「じゃあ、どうして? ユキは私が他の男に取られても平気なのっ?」

「平気なわけないだろっ?」

倖弥は声を荒げ、唇を噛み締めた。

 

コンコン……

 

そこへ急いでドアをノックする音がした。

 

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