An −第三章・12−
「……」
倖弥と杏花がアッシュについてやアンジェルの事、サントワール王国の事、
その他全ての事情を説明すると原田は奇妙な顔をして黙り込んだ。
「理解するのに三日くらい掛かるかも……」
「……だろうな」
「けど……これで全部話が繋がるんだよなぁ……。
なんで俺ン家が代々、この日記や手紙を大事に引き継いでいるか……、
後、ミドルネームも」
「しかし……まさかおまえがアッシュの子孫だったとはなぁ……」
「原田君のお家って昔、庄屋さんだったでしょ?」
「うん、よく知ってるね?」
「へぇ〜っ、どうりで大きな家だと思った」
原田の家は大きな日本邸宅で敷地内には大きな蔵まであった。
「私が残した日記には確か、アッシュは私達の面倒を見て下さっていた
庄屋さんの一人娘と結婚して婿養子になったって書いてあったわ」
「それより、この手紙、倖弥宛で間違いないんだから読んでみろよ」
原田はそう言ってアッシュが書いた手紙を倖弥に渡した。
「……」
手紙を受け取り、感慨深げにじっと宛名を見つめる倖弥。
“アカギユキヤ様”
アッシュが日本で生活する内に覚えたのだろう、カタカナと漢字を使っている。
しかも筆で書いたにも関わらず、倖弥が書くよりもきれいな文字だ。
「アイツ……こっちに来てから相当頑張ったんだな……、漢字まで書けるようになったなんて」
「アッシュは、ああ見えて頑張り屋さんだったからね」
「うん……」
倖弥はアッシュの顔を思い浮かべながら頷き、静かに手紙を読み始めた。
「『ユキヤ、其方がこの書状を読んでいるという事は私の後裔となる者、
或はその志を受け継いでくれた者が無事に届けてくれたのであろう。
私と姫様がこの国に辿り着いた経緯は日記に認(したた)めた。
最初は仏蘭西(フランス)語にて認めているが文字の練習も兼ねて
別の書に認め直した物が在る』
……だからこんなにたくさん日記があるのか。
『其方は今、いくつになった? 私は今、陸拾壱(61)歳である』
……随分、年取ってから書いた手紙なんだな?」
「亡くなった時にこの手紙を子供に託したって聞いてるから、
遺言のつもりで書いたのかもな?」
「『今宵、私が筆を取ったのはもう長くはないと思うたからである。
今から書き記す事をどうか遺言と思うて聞いて欲しい』
……て、本当に遺言だ。
『其方が元いた場所に帰ってしまってから姫様はサントワールではなく
ウェッジム城に連れて行かれてしまった。
明朝、私は其方が落ちてしまったと思われる崖下へ行き、
其方がいつもしていた腕輪を見つけ持ち帰った。
そして、それを姫様にお渡しした。
姫様はその腕輪に黒魔術を使って其方と過ごした日々の記憶を封じ込め、
後裔は全て女子(おなご)しか生まれぬようにした。
同時にその呪術は姫様から声を奪ってしまった。
呪術を解く事が出来るのは其方だけだ。
姫様は腕輪と共に姿を変え、後の世にて必ず其方の前に現れるであろう。
しかし、声を出せぬ故、もしもまだ姫様の後裔の方と出逢われていないなら
其方の方から捜し出して欲しい。
腕輪は今は姫様の一人娘で在られるアンジュ様からそのお子様の
杏依子(あいこ)様に引き継がれておる。
アンジュ様は今は名を“杏樹(あんじゅ)”と変えられ、
この原田家から少々離れた御武家様の芝原家に嫁がれた。
其処で姫様も一緒にお暮らしになっている。
呪術がかけられている間は女子しか生まれぬ故、芝原家は婿を取るはずであるから
姓が変わる事はないだろう。
名も【これより後に生まれる赤子の名には必ず“杏”の文字を用いよ】というのを
芝原家の掟に加えたそうだ。
芝原家が江戸を離れる事は無いと思うが、もしも江戸より
出てしまわれていた時は、此の事を頼りに捜し出して欲しい。
そしてもしも、無事出逢う事が出来たならば腕輪に触れ、
姫様にかけられた呪術を解き放つ事を切に願う。
それからエリック王子の事だが、どうか彼を恨まないで貰いたい。
エリック様は姫様がウェッジム城の中で軟禁状態だった時も、
時々森へ連れ出して下さったり、町へ買い物に連れて行って下さっていた。
もちろん、監視役は付いていたが姫様の事をとても大事にされていたのだ。
時々、姫様のご様子を見に来ていた私に対してもエリック様だけが歓迎して下さった。
姫様が黒魔術をお受けになる時も、彼は何も聞かず人払いまでして下さったのだ。
呪術で突然声を失った姫様の事も城の誰もが“アッシュが姫様に何かしたんじゃないか?”と
疑いをかける中、エリック様は“自分もずっと部屋の中に一緒にいた。
アッシュは何もしてはいない、アンジェルがこうなってしまったのは
この城の中での生活に対するストレスからだ”と仰って下さったのだ。
後にウェッジム城が攻め込まれる前に姫様と幼い杏樹様をこの私に託し、
逃がして下さったのもエリック様だ。
だから、どうか彼を憎まないで欲しい。
そして最後に姫様を必ずや捜し出し、どうか呪術から解き放って差し上げて欲しい。
重ねて重ねてお願い申し上げ候。
無事に姫様と其方が再び出逢う事が出来るよう草葉の陰から願っている。
アッシュ・ターナー改め原田真之丞(はらだしんのじょう)』……」
手紙を読み終えた倖弥の目には涙が滲んでいた。
そして、一緒に聞いていた杏花も涙を流し、泣いていた。
「アッシュがこんなにも俺とアンの事を思っていてくれたなんて……」
「こんな手紙を残すくらいだから倖弥とこの真之丞って人、よっぽど仲が良かったんだな」
「そうね……ユキとアッシュは私が妬いちゃうくらい仲が良かったわ」
「じゃ、今の俺と倖弥と一緒だなっ!」
原田はそう言うとニッと笑って倖弥の肩に手を回した。