ブルースター −20−

 

 

「広瀬さんと別れてください。」

 

・・・え?

 

彼女の口から出た言葉に私は耳を疑った。

 

「・・・。」

無言で瞠目している私に彼女はさらに続けた。

「広瀬さんを解放してあげて欲しいんです。」

 

解放・・・?

 

「それって・・・どういう・・・」

 

「父は広瀬さんをとても気に入っています。

 行く行くは今井建築事務所を任せたいとも言っていました。」

 

確かに・・・今井先生は先輩の事をとても信頼しているみたいだし、

かわいがってもいるようだけど・・・。

 

「私も将来、父の跡を継ぐつもりです。

 ・・・広瀬さんと一緒に。」

 

それは・・・つまり・・・。

 

「・・・父は私と広瀬さんが結婚する事を望んでいます。」

 

「・・・。」

 

「でも、あなたが広瀬さんから離れない限り、無理なんです。」

 

・・・要するに私が・・・邪魔って事?

私が・・・先輩の足枷になっている・・・?

 

「・・・これは、広瀬さんの為に言ってる事なんです。」

 

「先輩の・・・?」

 

「はい。」

 

先輩の為・・・。

 

「千秋さんはこの先、広瀬さんを支えていける自信あるんですか?」

 

「それは・・・」

私はそんな事は考えたことなんてなかった。

ただ、一緒に居られるだけでいい・・・そう思っていた。

 

「私は支えていける自信があります。

 私なら将来、妻としてだけでなく建築士として同じ立場に立てますし。

 それに・・・私には“建築士・今井龍哉”という後ろ盾もあります。」

私の目を真っ直ぐに見つめ、彼女はハッキリと言い放った。

 

「・・・。」

 

・・・私には・・・何もない・・・。

 

何も・・・。

 

何もないどころか今なんて失業中だし、

先輩の部屋に居候しているだけ。

むしろ私の方が先輩に支えてもらっている。

 

「私と千秋さん・・・どちらが広瀬さんと結婚したほうがいいか・・・

 わかりますよね・・・?」

 

「私に・・・身を引け・・・と?」

 

「はい・・・、広瀬さんの事、本当に愛しているなら・・・

 わかってくれますよね?」

 

先輩を愛しているなら・・・。

 

「・・・。」

 

「広瀬さんの・・・為なんです・・・。」

追い討ちをかけるように言った言葉に私は何も言い返せなかった。

 

先輩の為・・・。

 

私には先輩を支えきれる程の力も後ろ盾もない・・・。

先輩が澄子さんと結婚すれば・・・

すべてうまくいく・・・。

 

・・・私が傍にいるより・・・きっと・・・。

 

 

「・・・わかりました。」

 

私は先輩が大阪から帰って来る前に部屋から出て行く事、

先輩の前から姿を消すことを彼女と約束をした。

 

これでいい・・・。

 

だって・・・私がこのまま先輩のそばにいても

多分、いつか先輩は・・・

 

 

先輩の部屋に戻り、私はすぐに寝室の隅に置いていたバッグを持って

自分のアパートへ戻った。

元々、今日先輩の部屋を出るつもりで昨日、荷物をまとめて置いたバッグ。

その後、先輩にずっと居て欲しいと言われて元に戻そうとしていた。

だけど、朝からバタバタしていた所為ですっかり忘れてそのままになっていた。

まさか、それをそのまま持って帰る事になるなんて・・・。

 

私は自分の部屋に戻ってからもしばらく動けないでいた。

 

 

―――夜11時前。

シン・・・としている部屋の中、バッグに入れたままの携帯から

先輩専用の着メロが鳴り響き、私は少しビクリとした。

 

先輩の声が聞きたい・・・。

 

でも、澄子さんと約束をしたから携帯に出るわけにいかない。

 

 

しばらく鳴って切れた後、バッグから携帯を出し、

先輩からの着信を拒否にした。

 

先輩と別れる・・・。

 

先輩の為に・・・。

 

その方がきっと先輩にとって一番いいから・・・。

 

私は自分に必死にそう言い聞かせた。

 



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