ブルースター −26−

 

 

「俺はアイツとは違うよ・・・。」

先輩はそう言って私を抱きしめた腕の力を強くした・・・。

 

“俺はアイツとは違うよ・・・。”

 

先輩はわかってくれていたの・・・?

 

澄子さんから先輩と別れてと言われた時・・・

もしも・・・このまま私と先輩が付き合っていたとしても

康成さんが佐伯さんを選んだように仕事の為に私を捨てて、

澄子さんを選ぶんじゃないかって思った・・・。

 

だから・・・私は・・・。

 

何れ先輩が私から離れていくような気がして怖かった・・・。

 

 

―――それから先輩は私が泣き止むまで

ずっと抱きしめていてくれた。

 

もう、先輩とは会えない・・・

そう思っていた・・・。

 

それが今、こうしてわざわざ私を迎えに来てくれた・・・。

 

そして、先輩は私の気持ちをわかってくれていた・・・。

 

それなのに・・・私は・・・。

 

「・・・先輩・・・ごめんなさい・・・。」

ようやく涙が止まった私がそう言うと

「もう・・・バカだな・・・。」

と、先輩は私の頭を優しく撫でながら微笑んだ。

 

「・・・ごめんなさい・・・。」

 

「ホントに・・・バカだな・・・。」

 

「ごめんなさい・・・。」

 

「ホントにバカだよ・・・こんなにナルの事、

 不安にさせてたなんて・・・。」

 

「え・・・?」

 

「こんな事になるなら・・・もっと早く

 結婚したいって言えばよかった・・・。」

 

・・・先輩・・・?

 

「同棲するのも・・・もうずっと前から考えてた・・・。

 ナルと結婚もしたいって・・・ずっと思ってた・・・。」

 

「・・・っ!」

 

「・・・けど、突然ナルがクビになって・・・そんな時に言ったら、

 なんかついでみたいな感じでナルが嫌がるかな・・・と思って

 言わなかったんだ・・・。」

 

・・・先輩・・・そこまで考えてくれてたの・・・?

 

「ナル・・・俺と結婚してほしい。」

 

「・・・先輩・・・。」

息が止まりそうだった・・・。

 

ずっと・・・ずっと・・・一緒にいたいと思っていた人からの

思いも寄らなかった言葉・・・。

 

・・・でも・・・

 

「・・・でも、先輩・・・澄子さんは・・・?」

 

「そんなの気にする必要はないよ。」

先輩は私の不安を一蹴するようにキッパリと言った。

 

「そもそも俺は、行く行くは独立するつもりだし、

 『今井建築事務所』を継ぐつもりなんてない。

 それに今井先生は本来、公私混同するような人じゃない。

 だから、俺が誰と付き合おうが結婚しようが

 それに対して何か言って来る事なんて有り得ないよ。」

 

「そ、そうなんですか・・・?」

 

「あぁ・・・むしろ今井先生は俺に早くナルと結婚しろって

 言ってるぐらいなんだから・・・。」

先輩はそう言うと少し顔を赤くした。

 

「・・・だから、先生が俺と澄子ちゃんを結婚させたがってるなんて

 嘘だよ。・・・澄子ちゃんのでまかせ。」

 

でまかせ・・・。

 

私、まんまとそれに騙されたのー?

 

「・・・で・・・、返事は・・・?」

 

「・・・へ?」

 

「いや・・・さっきの・・・」

 

「あ・・・。」

 

“さっきの”・・・って、プロポーズの返事って事だよね・・・?

 

「あ、あの・・・ホントに私でいいんですか・・・?」

 

「俺的には“ナルでいい”じゃなくて・・・“ナルじゃなきゃダメ”なんだ。」

ストレートなその言葉に胸がキュン・・・となった。

 

「・・・よ、よろしくお願いします・・・。」

抱きしめられたまま心臓がバクバクいってるのを

なんとか悟られないようにしながら言った。

 

「・・・よかった・・・断られたらどうしようかと思った・・・。」

先輩はハァーッと息を吐き出しながら私の肩に顔を埋めた。

 

断る訳・・・ないのに・・・。

 

 

「ナル・・・帰ろう。」

 

「はい。」

柔らかい笑みで私を見つめて言った先輩に私も笑って答えた。

 

だけど、先輩と一緒に立ち上がろうとした瞬間、

右足首に激痛が走った。

「痛っ!」

「ナルッ?」

再び、砂浜に座り込みそうになった私の体を先輩が支えてくれた。

 

「足・・・捻った?」

 

「そう・・・みたいです・・・。」

さっき砂に足を捕られた時に捻ったみたいだ。

 

「これじゃあ、ちょっと歩くのは無理だな。」

先輩はそう言うと私に背中を向けてしゃがんだ。

 

「ナル、おんぶ。」

 

「えっ!?・・・で、でも・・・。」

 

「その足じゃ歩けないだろ?ほら、早くっ。」

 

「あ・・・は、はい・・・。」

私は仕方なく、先輩の首に腕を回し、

背中に寄りかかった。

 

仕方なく・・・とは言うものの、実はものすごく嬉しかった・・・。

 

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