ブルースター −27−

 

 

「なぁ、ナル・・・憶えてる・・・?

 4年前、ここで合宿した時も俺がナルをおぶって

 旅館まで帰った時の事。」

 

「はい、憶えてますよ。」

 

「あの時もナル、砂浜で転んで足を挫いたんだったよな?」

 

「あはは、そうでしたねー。」

 

「あの時・・・実は俺、ものすごくドキドキしてたんだぞ?」

 

「どうしてですかー?」

 

「そりゃ、好きな女の子をおぶってるって言うのもあったけど、

 ・・・もう一つ・・・別の理由で。」

 

「なんですか?」

 

「ナルの胸が俺の背中に当たってたから。」

俺が笑いながらそう言うとナルは急に暴れだした。

 

「えっ!?・・・や、やだっ!?先輩っ。

 お、降ります!降ります!降ろしてくださいっ!」

俺がナルの方に振り向くと顔を真っ赤にして

ポカポカと俺の背中を叩いた。

 

「こらっ、ナル、そんなに暴れると落っこちるぞ?」

 

「だ、だって・・・先輩が変な事言うから・・・」

 

「変な事って・・・」

 

「・・・。」

ナルは真っ赤な顔をしたまま黙り込んだ。

 

「あの頃ならともかく・・・今は身も心も俺のモンなんだから、

 そんなに恥ずかしがることないだろー?」

俺は態と軽い口調で笑いながら言ってみた。

すると、ナルは「そ、そうですけどー・・・。」と言いながら

俺の背中に顔を埋めた。

 

 

それから、俺とナルは旅館まで無言で帰った。

一言も会話はなかったけど、それは決して気まずい雰囲気じゃなく、

ただ・・・

 

言葉なんていらない・・・

 

そう思った・・・。

 

 

―――翌日。

 

約一ヶ月ぶりに東京へと戻ってきたナルを待っていたのは

智子ちゃんの説教だった。

約小一時間、懇々と説教する智子ちゃんに俺と矢野で

「まぁまぁ、そろそろそのくらいで・・・」と

やっとのことで宥めつかせ、久しぶりに4人で食事をする事になった。

 

 

「あー、そうだ、愛美ちゃん。一ついい知らせがあるんだ。」

智子ちゃんの説教がようやく終り、落ち着くのを待っていたかのように

矢野が口を開いた。

 

「・・・?、なんですか?」

 

「愛美ちゃんの“クビ”が取り消しになったんだ。」

 

「「えっ!?」」

矢野の口から出た“いい知らせ”は思ってみなかった事だった。

俺とナルは同時に声をあげ、顔を見合わせた。

 

「それって・・・ホントなんですか?」

 

「あぁ、そのかわり社長が解任になって、佐伯さんも辞めたよ。」

 

「え・・・ど、どうしてですか・・・?」

 

これはまた・・・どえらい展開だ・・・。

 

「先週の金曜日に社長の使い込みが発覚して役員会が開かれたんだ。

 その時に社長の解任が決まって・・・で、佐伯さんも

 社長のコネで入ったってのもあったし、居辛くなるって

 予想できたのか、その日のうちに辞めたよ。」

 

「・・・そうですか・・・それにしても使い込みって・・・。」

 

「経理の奴らは前々からおかしいって思ってたらしくて

 密かに上層部と一緒に探ってたらしいんだ。

 それに加えて今回の愛美ちゃんの不当解雇と日高の

 突然の人事異動・・・だろ?

 いよいよ人事部も動き始めて徹底調査になったってワケ。」

 

「ド、ドラマみたいですね・・・。」

 

確かにドラマのような展開・・・だな。

 

「ははは、ホント、まさか自分の会社でこんな絵に

 描いた様な事が起こるとは思っても見なかったけどな。」

矢野はゲラゲラと笑い飛ばした。

 

・・・ん?

 

という事は・・・

 

「・・・それじゃあ、日高も戻ってくるのか?」

 

ナルのクビが取り消しになったなら当然、日高の異動もなくなるだろう。

 

「あー、その事なんだけど・・・確かに日高の異動も

 不当なものだって事になってアイツもこっちに戻る予定だったんだけど

 北海道に残るって言い出したんだ。」

 

「なんでまた?」

 

「北海道支店てさ、他の支店よりも経理システムとか伝票処理だとかが

 ものすごく遅れてるんだよ。

 んで、日高が北海道支店のシステムをまともなものにして、

 それから改めて辞令が出たら戻るって言ってさ。」

 

「ふーん・・・。」

 

「・・・康成さんらしいですね。」

ナルがクスリと笑いながら言った。

 

“康成さんらしい。”

 

その言葉は日高の事をよく知っていないと出ない言葉だ。

そういうのを聞くとなんとなく“日高の元カノ”部分が垣間見えた。

 

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