キューピッド・ゴブリン −25−

 

 

「ねぇ、竹之内くんのキャラクター名って何?」

 

私が竹之内くんにキャラクター名を聞いてみようか

どうしようか迷っていると、香ちゃんが先に聞いた。

 

……RRR、RRR、RRR、RRR……、

「……あ、ちょっと、ごめん」

すると、竹之内くんが口を開きかけたところで携帯が鳴った。

 

「もしもし?」

竹之内くんは席を立ちながら電話に出ると

「え? 今、どこにいるんだよ?」

周りをキョロキョロし始めた。

 

「あっ! そんなトコで何やってんだよ?」

そして、窓の外に視線を移した。

 

私達も竹之内くんの視線の先に目を向けると

向かいの喫茶店の二階の窓際の席に綺麗な女の人がいた。

竹之内くんと同じ様に携帯で話しながら手を振って笑っている。

どうやら竹之内くんが今、電話で話している相手のようだ。

 

「いや……クラスメイトだから……」

少し照れたように竹之内くんはその女の人から目を逸らした。

多分、私達の事を聞かれたのだろう。

 

「はいはい……じゃーな」

竹之内くんは少し素っ気無く電話を切るとイスに座り直した。

 

「あの女の人、誰?」

すると、香ちゃんがすぐに質問した。

 

「あー、母親」

「えー、竹之内くんのお母さんっ?」

「若ーいっ」

「きれーい!」

真沙美ちゃんと香ちゃんの言う通り、竹之内くんのお母さんはとても綺麗な人だった。

私達三人が視線を向けるとにこっと笑って会釈をしてくれた。

 

「まさか、こんなトコにいるとは思わなかった……」

竹之内くんは頬杖をついて、窓の外とは逆の方向に向くとボソリと呟いた。

 

「なんでいるの?」

「んー、なんか仕事の相手と待ち合わせしてんだってさ」

「お仕事何やってるの?」

「ネイルサロンとエステサロン」

真沙美ちゃんと香ちゃんが交互に質問し、竹之内くんは頬杖をついたまま答えた。

 

「へぇー、だからあんなに綺麗なんだー」

真沙美ちゃんがそう言うと竹之内くんは

「えー!? 綺麗? あれが?」

と、眉間に皺を寄せた。

 

「竹之内くんは毎日見てるから、そう思うのよ」

その顔を見た香ちゃんは、ププッと笑った。

 

「顔見たの3日ぶりぐらいだけど?

 さっき電話掛けて来た時も“久しぶりー♪”

 とか言ってたし。

 息子に向かって“久しぶり”って……」

 

(竹之内くんのお母さんて、そんなに忙しい人なんだ……?)

 

なんとなく向かいの喫茶店に視線を移すと、いつの間にか

竹之内くんのお母さんの向かい側にはスーツを着た女性が座っていた。

きっとお仕事の相手が来たんだろう。

書類を見ながら話をしている。

 

まさに“ビジネスウーマン”

 

 

 

 

一時間後、竹之内くんと私達が一緒にお店から出ると、

「あらぁ、慧」

ちょうど向かいの喫茶店から竹之内くんのお母さんも出てきたところだった。

 

竹之内くんはその声に振り返ると「げ」と小さな声で言った。

 

「こんにちは」

竹之内くんのお母さんは私達が挨拶をすると、

「こんにちは」と、優しく笑いかけてくれた。

 

「ちょうどよかった。慧、一緒に帰ろう」

竹之内くんのお母さんはそう言うと鞄を竹之内くんに渡した。

 

「重っ」

鞄を持たされた竹之内くんは口を尖らせながら何が入ってるんだ? と、言った顔をした。

 

「仕事、もう終わったの?」

「うん、今日はもうこのまま帰るってお店には言ってあるから」

「ふーん、珍しい」

そして竹之内くんは私達に「じゃ、また明日学校で」と、

軽く手をあげてお母さんと一緒に駅に向かって歩き始めた。

 

 

「竹之内くんて、優しいね」

「なんだかんだ言って、ちゃんとお母さんの鞄持ってあげてるし」

竹之内くんと竹之内くんのお母さんの後姿を見送りながら真沙美ちゃんと香ちゃんが言った。

 

私は、もうずっと前から知っていたよ。

 

竹之内くんが優しい人だっていう事を……。

 

 

私が彼を最初に見かけたのは今の高校の試験日だった――。

 

ほとんどの受験生がすでに試験会場に入り、教科書やノートで復習していたり、

集中しようと目を閉じている時、

「あ……」

彼の隣に座った男の子がカバンの中を手で探りながら慌て始めた。

どうやら筆記用具を忘れたらしい。

 

「これ、使って?」

すると、彼は自分のペンケースから鉛筆3本と消しゴムを出して

その男の子に貸してあげた。

 

「え……いいの?」

 

「うん、俺、余分に持って来てるから」

彼は大丈夫という風にその男の子に笑って見せた。

 

周りはみんな自分の事で精一杯で、

“他人に気なんて使っている余裕はない”

と言った感じで知らんフリしてるのに。

 

優しい人……。

 

彼の二つ後ろの席に座っていた私はその様子を見て彼の事がとても印象に残った。

 

 

そして入学式の日――。

 

教室に入り、中を見回していると私の視界に彼の姿が映った。

 

(あ……、あの人……)

 

その後、初めてのHRで自己紹介があって彼の名前を知った。

 

“竹之内慧”くん。

 

私はその日から彼の姿を目で追うようになった――。

 

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