ヒメとクローバー −第一章・第8話 コラボ 1−

 

 

「春川さん、清野四葉という漫画家をご存知ですか?」

ダンスパーティから二週間が経ったある日の学校帰り。

打ち合わせをする為、沢村と和章と共に出版社のミーティングルームに入ると

いきなり沢村にそんな事を訊かれた。

 

「はい、知ってますよ。私、ファンですし」

 

「携帯の待ち受けもその人のイラストなんですよ」

 

「へぇ〜っ」

和章の言葉に沢村は少し驚いたように言った。

 

「その清野先生がどうかしたんですか?」

 

「実はですね……コラボのお話があるんですよ」

 

「「えぇぇっ!?」」

姫乃と和章は同時に声を上げた。

 

「ななな、なんでまたそんな話にっ?」

和章は隣にいる沢村に詰め寄った。

 

「清野先生が連載してる雑誌の特別企画で他の漫画家さんやイラストレーターさんと

 コラボレーションするっていう内容なんですけど、再来月号は清野先生がやる事になって

 『誰かご希望のお相手がいらっしゃいますか?』って、ご本人に訊ねたところ

 一愛先生を指名されたそうです」

 

「「うっそーーーーーっ!?」」

沢村の説明を聞き、また同時に声をあげる姫乃と和章。

 

「ほ……本当、ですか? ドッキリとかじゃないですよね?」

姫乃は思わず身を乗り出した。

 

「本当ですよ」

彼女の食い付きぶりに苦笑いしながら答える沢村。

 

「だけど、清野先生て出版社が違うんじゃ……大丈夫なんですか?」

しかし、姫乃が喜んでいると和章がそれをぶち壊すような一言を言った。

 

「新田君、清野先生が連載されてる雑誌の出版社はうちだよ。知らなかったの?」

沢村はやや呆れ顔で言った。

 

「清野先生と春川さんが連載してる雑誌は違うけど、実は二人共うちなの。だから全然問題なし」

 

「そうだったんですか。じゃあ、俺知らないうちに清野先生とすれ違ってるんですかねぇ?」

 

「それはないよ。だって僕ですらまだ清野先生とはお会いした事はないんだから」

 

「沢村さんも? 清野先生ってここへは来ないんですか?」

 

「あぁ、清野先生を担当してる編集者は別のビルにいるから、行くとすればそっちだな」

 

「でも、沢村さんは清野先生の顔とかは知ってるんですよね?」

 

「いや、あの先生も春川さん同様ペンネーム以外のプロフィールを全て隠してらっしゃるから知らない」

 

「でも、契約してる作家さんのデータベースを見ればわかるんじゃ?」

 

「それがね、うちの社ではプロフィールを隠している作家さんの場合、非公開部分は表示されないんだ。

 もちろん、編集者はパスワードを入力すれば閲覧は出来るけどね」

 

「へぇー、そうなんですかー」

 

「例えば、新田君みたいなバイトが辞める時に出来心や悪戯心で

 データを持ち出したりなんかしたら大変だからね」

 

「えーっ、俺、そんな事しないっすよ? 春川さんの事だってちゃんと秘密を守って

 友達にも言ってないんですからー」

 

(……脅迫はしてるけどね)

姫乃は二人の会話を聞きながら心の中で呟いた。

 

「そんな訳で、メール上のやり取りだけで打ち合わせというのも難しいと思うので、

 先方の編集者とも相談してなんとか一度だけでも会って直接お話を出来るようにはしたいと思います」

 

「おぉっ? て事は、俺も清野四葉先生の顔を拝めるんだっ! やったーーーっ!!」

 

「……」

姫乃は和章とは対照的に憧れの清野四葉と会えると聞いて逆に言葉を発する事も出来なかった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――数日後。

 

「そういえば、さっき、いつか病院で会った男子生徒が裏門から出て来るのを見ましたよ。

 彼、いつも裏門から帰ってるんですね」

土曜日の放課後、いつものように裏門の前まで迎えに来た沢村がバックミラー越しに

姫乃に話し掛けた。

 

「星野君の事ですか?」

 

「えぇ、確か春川さんと新田君がそう呼んでいた子です」

 

「あいつ、時々裏門から帰ってるんだよな。朝は普通に正門から入るのに」

すると、和章が不思議そうな顔で言った。

 

「そういえば……」

姫乃も登校時、彼が正門から校内に入るところを何度も見ているし、

帰りもだいたい正門から出ているのも知っている。

姫乃も沢村が迎えに来る日以外は正門から帰っている。

 

「友達の家にでも寄って帰っているんじゃないですかね? 例えば彼女とか」

沢村は怪訝な顔をしている二人にそんなに深い理由はないんじゃないのかと言う風にクスッと笑った。

 

「おぉっ、それだっ」

和章はニカッと笑いながら後部座席を振り返った。

 

「……」

だが、てっきり『うん、そうねっ』と笑うと思っていた姫乃は沈んだ表情をしていた。

 

(星野君、彼女いたんだ……? でも、それならどうして私をダンスパーティーの

 パートナーに誘ったりなんかしたんだろ?)

 

「あいつ、学校の中で女の子と親しく話してるとことかあんまり見掛けた事がないから、

 彼女はうちの学校の子じゃないのかもなー」

 

(あ、そっか……だからなんだ)

姫乃は自分の中で納得した――。

 

 

「ところで、清野先生とのコラボの打ち合わせはまだなんですか?」

姫乃の仕事場に到着する直前、和章が運転している沢村の横顔に言った。

 

「それがですねぇ……どうも清野先生のお仕事の方が思うように進んでいないみたいなんですよ」

 

「なんてったって、今一番の売れっ子漫画家だもんなぁー」

 

「それじゃあ、もしかするとコラボ自体無くなっちゃうかもしれませんね……?」

がっかりしたように姫乃が言う。

 

「そうですね……」

実は沢村もコラボの話がまったく進んでいないどころか、無くなりそうなこの事態を不安に思っていた。

 

そして、姫乃と沢村の不安は現実のものとなってしまった――。

 

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