ヒメとクローバー −第一章・第8話 コラボ 2−

 

 

――翌日、姫乃の仕事場であるホテルに沢村と和章が原稿を取りに来た。

 

すると、姫乃と共に部屋を後にしたところで沢村の携帯が鳴った。

 

「はい、沢村です。お疲れ様です。はい……はい……」

“お疲れ様です”と言ったところをみると相手は同じ会社の人間らしい。

 

「そうですか……残念ですが仕方ありません。また是非宜しくお願いします」

そうして、しばらく話した後に静かに電話を終えた沢村は深い溜め息を吐いた。

 

顔を見合わる姫乃と和章。

 

「春川さん、あの……」

沢村が重い口を開く。

姫乃はその様子で沢村が言おうとする事を察した。

 

「……コラボ、無くなっちゃったんですね?」

 

「はい……」

申し訳なさそうに視線を落とす沢村。

 

「清野先生、お忙しい方だから仕方ないですよね?」

姫乃はまるで自分に言い聞かせるように言って微笑んだ。

 

だが、沢村と和章には無理をしているように見えた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――更に翌日。

週が明けた月曜日の昼休憩、いつものように姫乃と和章は中庭のベンチにいた。

 

「春川さん、元気出しなよー?」

しかし、今日は打ち合わせを早々に終えて和章は姫乃を慰めていた。

 

「うん……」

力なく返事をする姫乃。

 

「今回は駄目になったけど、次回もまた指名してくれるって」

 

「そうかなぁ……」

姫乃は今回のコラボがなくなった事ですっかり元気を無くしていたのだ。

 

「てか、大勢いる作家の中から一愛が指名された事だけでもすごい事だぜ?」

 

「うん、そうなんだけど……」

 

「それだけに今回ぽしゃったのが悔やまれるけどなー」

 

「う……」

和章の言葉で更に沈む姫乃。

これでは慰めるどころか“傷口に塩を塗っている”ようなものだ。

 

「あ、いや、だからー、そのー……」

さすがに少し慌てる和章。

 

「とにかく! 元気出せって!」

姫乃の肩をポンポンと叩き、顔を覗き込む。

 

「うん……でも、よく考えたら沢村さん、コラボがなくなった理由言ってなかったから、

 もしかしたら……やっぱり清野先生の気が変わったんじゃないのかな?」

 

「そういえば、俺もちゃんと理由は聞いてないなぁ」

 

「じゃあ、お仕事が忙しいからじゃないのかも……」

 

「けど、沢村さんも清野先生の進捗が思わしくないって言ってたし、

 やっぱり忙しいからなんだよ。春川さんの思い過ごしだよ」

和章はそう言うと、姫乃を元気付けようとにっこり笑った――。

 

 

和章が教室に戻ると心配そうな顔で偉世が話し掛けて来た。

「春川さん、何かあったの?」

 

「うん?」

 

「元気ないみたいだけど……」

 

「あぁ、えーと……、ちょっと、な」

和章は本当の事が言えず、かと言って上手い言い訳も見つからない為に口篭ってしまった。

これでは余計、偉世に怪しまれてしまう。

 

「……」

現に偉世が訝しげな表情を浮かべて和章を見つめている。

 

「……てか、なんで春川さんの元気がないの知ってんだ?」

 

「中庭で話してるのが窓から見えたから……」

 

「あぁ、そ、そうか、ここから見えるもんな?」

 

……キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……

 

そんな会話をしていると五時限目の開始を知らせる本鈴が鳴り、偉世は席に戻った。

和章は助かったと言わんばかりにホゥーッと小さく息を吐き出した。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――数日後。

 

(あれ? 星野君、今日もいない)

姫乃は和章の教室の前で首を捻っていた。

ダンスパーティの日以来、偉世の事が気になり始め、彼の教室の前を通る時にはいつも目を向けていた。

だいたいは和章や他の友達と喋っていたり、席で雑誌を読んでいる。

しかし、今週に入って月曜日はいたはずなのに火曜日から姿を見ていない。

たまに偉世が違うクラスの友達の所や体育や化学の授業などで移動していて教室にいない事はあるが、

それでも一日一回は必ず彼の姿を見掛けていた。

それなのに、もう五日も連続で偉世の顔を見ていない。

 

「はぁ……」

(最近全然ついてないな……)

姫乃は思わず溜め息を吐き、心の中で呟いた。

清野四葉とのコラボの話が流れた今、偉世の顔を見る事だけが楽しみになっていたのだ。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「ね、ねぇ、新田君、星野君て……お休みしてるの?」

偉世の事がどうしても気になる姫乃は仕事場のホテルに向かう車の中、思い切って和章に訊ねた。

 

「あぁ、そうそう、あいつ火曜日からずっと休んでるんだよ」

 

「え、ずっと?」

 

「なんか体調不良だってさ」

 

「そんなに悪いの?」

 

「月曜日、体育の授業で俺と一緒にテニスやってたくらいだから全然元気だったはずなんだけどなー?」

 

「……じゃあ、仮病?」

 

「仮病にしたって休み過ぎだろ? 何か別の理由があるんじゃないかな?」

 

(別の理由……て、なんだろ?)

 

「てか、春川さんがこんな話するなんて珍しいね?」

 

「えっ? そ、そそ、そんな事……っ」

偉世が休んでいる理由を考えていると和章に言われ、姫乃は妙に慌ててしまった。

 

「なんでそんなに慌ててんの?」

 

「あ、慌ててないっ」

 

「あー、ひょっとして春川さん……」

 

「な、何?」

 

「星野に金でも貸してるの?」

 

「は……?」

 

「……て、んな訳ないか♪ だって違うクラスの春川さんに借りるくらいなら、

 同じクラスの俺に借りるもんな?」

和章は突拍子も無い事を言ったかと思うと一人でケラケラと笑っていた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

週が明けて――。

 

(あ……星野君)

朝、登校した姫乃が自分の教室に向かっていると廊下の窓から偉世の姿が見えた。

しかし、彼は何故か裏門から入って来た。

 

(……もしかして……彼女の家から登校、とか……?)

 

……チクン――、

 

彼の姿を見る事が出来て嬉しいと思う反面、脳裏にはそんな考えが過ぎる。

 

姫乃はキュッと胸を押さえた――。

 

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