ヒメとクローバー −第一章・第9話 正体 1−

 

 

その週末の土曜日――、

 

「春川さん、今日はお仕事のお話をする前にお渡ししたい物があります」

いつものように仕事場のホテルの部屋に入ると沢村がにこにこしながら言った。

 

(渡したい物?)

不思議そうな表情を浮かべる姫乃。

 

そんな彼女の目の前に沢村は一通の手紙を差し出した。

 

「お手紙……ですか?」

 

「はい、清野先生からです」

 

「えっ!?」

姫乃は思わぬ人物からの手紙に驚いた。

和章は沢村から事前に聞いて知っていたのか、驚く様子もなく笑みを浮かべていた。

 

「……」

差し出された手紙を怖ず怖ずと受け取り、息を呑む。

 

一体、何が……どんな事が書かれているのだろうか?

もしかするとコラボの件は一切無かった事にしてくれだとか、やっぱり指名は撤回したいだとか?

そういった類の事が書かれているのかもしれない。

ペーパーナイフで封を開け、中から便箋を出す。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

一愛様

 

初めまして、清野四葉です。

この度はせっかくコラボのお話をお受け頂いたのに私の仕事の都合で無くなってしまい、

大変申し訳ありませんでした。

心よりお詫び申し上げます。

お陰様で仕事の方はなんとか一段落が付きました。

それで、もし一愛先生がお嫌でなければコラボの件のお詫びも兼ねて今度是非、

スタッフの方共々お食事に行きませんか?

まだ若輩者ですので、高級料亭などは足を踏み入れたことがないのですが、

以前、少し良いお店に連れて行った頂いた事があってそこのお料理が

とても美味しく気に入ったところがあるのです。

是非そちらのお店に一愛先生をお連れしたいのですがいかがでしょうか?

よいお返事をお待ちしております。

 

清野四葉

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

それは清野四葉からの詫び状と食事の誘いだった。

しかも、直筆で書かれている。

 

「さ、さ、沢村さん……こ、これ……これ……」

姫乃はやや声を震わせながら沢村に視線を移した。

後半はもう言葉にならず口をパクパクさせている。

 

「うちの社の方にも正式に清野先生の事務所から詫び状と清野先生の担当者から

 お詫びのメールが届いてました。詫び状が少し遅れたのも

 どうもそれだけ仕事の方が詰まっていたみたいです」

沢村が笑みを浮かべながら説明しても、姫乃はまだ清野四葉直々に

手紙が送られて来た事が信じられない様子だった。

てっきりコラボの話は今後一切するつもりはないとか、そんな内容だと思っていたからだ。

 

「春川さん、食事会の件、どうするの?」

すると、傍で見守っていた和章が口を開いた。

 

「も、もちろん、OKよっ」

姫乃はハッと顔を上げて大きな声で答えた。

だって、清野四葉から食事に誘われるなんてもう二度とないかもしれないのだから。

 

「だよな?」

ニヤッと笑う和章。

 

「春川さんなら、きっとそう仰ると思って実はもう清野先生の方にはOKのお返事をしておきました」

沢村はにっこり笑ってそう言うと、今度は次々と打ち合わせの資料をカバンから出し始めた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして、一週間後――。

 

姫乃と沢村、和章の三人は清野四葉が指定したホテルの中にあるイタリアンレストランの個室に来ていた。

待ち合わせ時間にはまだ少し早い。

姫乃はドキドキしながら落ち着かない様子で席に座っていた。

 

(清野先生って一体、どんな女性なんだろう? 歳はいくつくらいの人なのかな?

 私、子供だと思われないかな?)

そんな不安を抱きながらじっと下を向いて待っていると、

 

……コン、コン……

 

「失礼致します。お見えになられました」

ノックの音がしてウェイターが静かにドアを開けた。

 

「っ」

姫乃は少し緊張した面持ちで立ち上がった。

和章と沢村も立ち上がり、清野四葉とそのスタッフ達を迎える。

 

しかし、次の瞬間……

 

(……っ!?)

姫乃は思わず背を向けた――。

 

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