本日のスープ −続編・予約済み 17−

 

 

「千莉……」

一夜さんに名前を呼ばれ、彼の方に視線を移すといつもより熱を帯びた目で私を見つめていた。

 

「……一夜さん?」

不思議に思いながら見つめ返すと、彼の大きな手が私の腰を力強く引き寄せた。

一気に縮まる距離。

 

(え……何? どうしたの?)

 

「俺と結婚してくれ」

 

「……」

私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

「……嫌?」

不安そうな顔で私を真っ直ぐに見つめる一夜さん。

 

(えーと……一夜さん、今確か“俺と結婚してくれ”って……)

「……えぇっ!?」

今更驚く私。

 

「せ、千莉……?」

その様子を見た一夜さんがポカンとする。

 

「い、一夜さん……今、私に……け、結婚……て、言った……?」

 

「うん……て、突然過ぎて思考回路の途中で“Error”の文字が出た感じ?」

苦笑いする一夜さん。

 

「う、うん」

 

「……だよな。普通は出会った日とか付き合い始めた日とかの記念日か誕生日とか

 クリスマスなんかのイベントの時に言うんだろうけど……ごめん、俺もつい焦っちゃって」

 

(焦る? 一夜さんが? 何を? なんで?)

 

「今回、俺のうっかりで、みんなに俺達が付き合ってる事がバレちゃっただろ?

 もちろん俺は本気だし、結婚も考えてた。

 けど、みちるが卒業するまではちゃんと面倒を見てやりたいし……かと言って、ぼやぼやしてたら

 その隙に他の男に盗られるんじゃないかと思って……結構千莉の事狙ってるヤツって多いんだよねー」

 

「へ?」

 

「それなら、今から先に“予約”だけでも入れちゃおうっかなー……て」

 

「婚約……て事?」

 

「うん。来年の春、みちるが大学を卒業する。そしたら俺と結婚しよう。

 まだ半年以上あるけど、その分ゆっくり結婚の準備が進められると思うんだ」

私の瞳を見つめ、真剣な顔で言って返事を待つ一夜さん。

 

「はい、私の方こそ宜しくお願いします」

私は彼のプロポーズに笑顔で応えた。

 

「え、本当っ? ホントにいいのか?」

 

「だって、一夜さんを狙ってる子も多いんだもん」

例えばあの三人組。

それに他にもきっと愛想が良くて優しい一夜さんに好意を持ってる子はいると思う。

彼と付き合い始める前も社員食堂で別の部署の女の子と昼食を摂っているところや、

仕事が終わって飲みに行くところも何度か見掛けた事があった。

私と付き合い始めてからはそういう事もなくなったけれど。

 

「それは千莉も俺の事、他の女の子に盗られたくないって事?」

 

「うん」

 

「盗られる訳ないだろ? だって、俺は千莉のものなんだから」

一夜さんはそう言って優しい笑みを浮かべると私の目の前に小さな箱を置いた。

 

「?」

 

「開けてみて?」

 

「……うん」

その小箱を手に取り、真っ白なリボンを解いて水色のギフトボックスを開けると、

中からアイボリーのリングケースが出て来た。

 

(これって……)

リングケースをそっと開けてみる。

すると中には中央にダイアモンド、その両サイドに小さめのピンクダイヤがあしらわれた

プラチナのエンゲージリングが入っていた。

 

「わぁ……可愛い」

 

「気に入ってくれた?」

一夜さんはその指輪をそっと私の薬指にはめてくれた。

 

「うん、ありがとう、一夜さん……すごく嬉しい」

私がそう言うと一夜さんが私の手を両手で包み込んだ。

 

そして――、

 

「これで千莉は“予約済み”」

とても優しくキスをしてくれた。

 

これから長い長い人生の道のり――、それを彼となら……一夜さんとなら歩いて行ける。

どんなに苦しくて辛い事があったとしても、きっと一夜さんとならお互いがおじいちゃん、

おばあちゃんになった時、笑って話せる。

そんな気がした。

 

だから、私の手をずっとずっと離さないでいてね――?

 

 

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