本日のスープ −続編・予約済み 5−
昼休憩が終わる頃――、
私がデスクに戻ると経理部の内線電話が鳴っていた。
西川さんのデスクだ。
しかし、まだ西川さん本人も水沢さんも休憩から戻って来ていないし、経理部は誰も戻って来ていなかった。
「はい、経理部です」
私は電話を転送して応対した。
『受付です。ロビーに水沢さんのご主人がお見えになっているのですが……』
「そうですか。水沢さん、まだ席に戻られていないんですが、すぐに戻る思いますので伝えておきます」
『わかりました。では、このままお待ち頂きますので宜しくお願いします』
「はい」
そう言って私が受話器を置くと同時に一夜さんが一人で席に戻って来た。
(あれ? 水沢さん、お化粧直してるのかな?)
「前園さん」
「うん?」
「あの……水沢さんはご一緒じゃ……?」
「あ、あぁ……えっと……」
一夜さんは私が個人的に訊いているんだと勘違いしているらしく、口篭った。
「今、受付からロビーに水沢さんの旦那さんがお見えになってるって内線で連絡があったんですけど……」
「あ、あぁ……そう……て、俺、途中でばっくれたからわかんないな。
けど、後五分で休憩終わるし、もうすぐ戻って来ると思うよ?」
「そうですか」
(ずっと一緒じゃなかったんだ……)
私は心の中で少しホッとした。
「内線受けてくれてありがとね」
「あ、いえ……」
――と、そこへ……、
「あ、戻って来た」
一夜さんがドアの方に視線を向けた。
すると、経理部の男性社員数人と一緒に水沢さんが少し沈んだ表情で戻って来た。
(一夜さんと何かあったのかな……?)
そう思いながら、とりあえず受付からの伝言を伝える。
「あの、水沢さん、ロビーに旦那さんがお見えになってるそうです」
「え……」
伝言を聞いた彼女は顔を顰めた。
「お待ち頂いてるそうなんですが……」
「……」
「水沢さん?」
俯いた彼女の顔を覗き込む。
「……会いたくない」
すると、水沢さんが小さな声で呟くように言った。
「「え?」」
私と一夜さんの声が重なる。
「会いたくないの」
「でも……」
「会いたくないって言ってるでしょっ?」
私が口を開きかけたその時、水沢さんが鋭い視線を私に向けた。
「おい、会いたくないのはおまえの勝手だが、何も彼女に当たる事はないだろっ?」
すると今度は一夜さんが鋭い口調で水沢さんを制した。
フロア内の空気が一瞬で凍りつく。
そして、水沢さんが逃げるように踵を返したその時――、
「あ……」
ドアが開いて経理部の伊藤部長と一緒に三十代半ばくらいの男性が部署に入って来た。
その人物の姿を目にした途端、水沢さんは足を止めた。
「あぁ、水沢さん、戻っていて良かった。受付の子からロビーでご主人が待っているって聞いてね、
もうそろそろ君も戻る頃だろうと思ってお連れしたんだ」
伊藤部長が連れて来たのは水沢さんの旦那さんのようだ。
だけど、その旦那さんは水沢さんよりも先に一夜さんに詰め寄った。
「……っ、貴様っ!」
(え……?)
「おまえが冴子の恋人だったのはわかっているんだ!
冴子の事が忘れられないからって、何も今になって妻を誘惑する事はないだろうっ?」
そう言って一夜さんの胸倉に掴み掛かる。
「冗談じゃありません」
一夜さんは掴み掛かって来た旦那さんの手を振り解くと、ネクタイを直しながら口を開いた。
「俺が冴子に手を出していると思っているようですけれど、その逆です。
それに俺には今、真剣に交際している女性がいるんです。
今回の事でその女性にも不安な思いをさせてて、寧ろこっちが迷惑している方なんですから」
(一夜さん……)
冷静で、でも怒りが込められた口調の彼の言葉に私は驚いた。
「……本当なのか? 冴子」
旦那さんが水沢さんの方に振り返る。
「……」
だけど彼女は返事もせずに俯いていた。
「冴子!」
「……」
「冴子、帰ってちゃんと話そう」
次々と社員達がデスクに戻って来る中、注目の的になり始め、旦那さんが水沢さんの腕を掴んだ。
「嫌よ、放してっ」
「冴子っ」
「……水沢さん、今日は帰りなさい」
すると、しばらく様子を見ていた伊藤部長が口を開いた。
「ご主人がわざわざ会社に来るなんて余程の事だ。帰って二人でちゃんと話し合いなさい」
「……はい」
水沢さんは小さな声で返事をした。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
旦那さんは伊藤部長に一礼すると水沢さんと一緒に部署を出て行った。
そうして、私が席に戻ってしばらくすると社内メールが届いた。
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俺の所為でいろいろ嫌な思いをさせてごめんね。
不安にさせてるのもわかってる。
全てが片付いたらちゃんと話すから、それまで待ってて。
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一夜さんからだった。
彼の方に視線を向けると、一夜さんもこちらを見ていた。
少しの間見つめ合う。
すると、一夜さんの表情がほんの少しだけど柔らかくなった――。