本日のスープ −バレンタイン・デー 1−
初めての“夜這い事件”から数日後―――。
今日は私にとって特別な日。
所謂“バレンタイン・デー”だ。
ここ数年、私はこの日を気にした事はなかった。
あげる相手が特にいなかったから。
うちの会社ではバレンタインデーとか
ホワイトデーとかそういうイベントは禁止されている。
だから、義理チョコなんかも渡したことがない。
もちろん、それは社内恋愛自体を禁止しているわけではないから
個人で“本気(マジ)チョコ”を渡すのは自由だけれど。
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今日、会社が終わった後
時間あるかな?
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朝、一夜さんにメールを送ってみた。
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うん、あるよ。
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やった♪
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会いたいな。
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うん、俺も。
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私は思わず一夜さんの方を見た。
すると、一夜さんも私の方を見ていて
バッチリ目が合った。
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以心伝心♪
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さらに一夜さんから来たメール。
私はそのメールを見て思わず顔が綻びそうになった。
今年は思い切って一夜さんに“本気チョコ”を渡そうかな・・・
と、思っていたから―――。
しかし、そう思っていたのは私だけではなかった。
昼休憩、メイクを直した後、休憩室に向かっていると
パーテーションで区切られた一角から例の三人組と
一夜さんの声が聞こえてきた。
立ち聞きするつもりはないけれど私は思わず足を止めた。
私の位置からは一夜さんと彼女達の姿は見えない。
そして一夜さん達からも私の姿は見えていない。
「どうして受け取ってくれないんですか?」
「だって、こういうの社内で禁止されてるでしょ?」
「でも、それって“義理チョコ”の場合ですよね?」
「うん、そうだね。」
「じゃあ、私達のは“本命”なんで受け取ってください。」
うわ・・・チョコ渡してる。
一夜さん、受け取っちゃうのかな?
「“本命”なら尚更受け取れないよ。」
しかし、一夜さんは受け取るのを拒んだ。
「どうしてですか?」
うんうん、どうして?
「彼女がいるから。彼女以外から“本命”なんて
貰ったりしたら彼女が傷つくでしょ?
だから受け取らない。」
「「「・・・。」」」
一夜さんがキッパリ言うと、彼女たちは黙り込んでしまったようだった。
そして黙って聞いていた私は驚いて逆に声を上げそうになった。
「前園さんの彼女って、あの女子大生の子ですか?」
「だから、それは妹だってば。」
少しだけ笑っているけれど、ちょっとうんざりした感じの声で
一夜さんは答えた。
あの子達、ホントにみちるちゃんが“彼女”だと思ってたんだ?
「じゃあ、社内の人ですか?」
「それ、君達に言う必要ないでしょ?」
「「「・・・。」」」
そして、また黙り込む三人組。
そこで私はその場から立ち去った。
―――夕方、定時の少し前。
一夜さんからメールが来た。
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19時前くらいには会社出られそう?
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うん。
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じゃあ、会社の裏口にある喫茶店で待ってて
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うん、わかった。
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メールを返してちらりと一夜さんの方を見ると
真剣な顔で仕事をしていた。
こういう真剣な顔の一夜さんもすごくかっこいい。
そして、例の三人組を横目で見ると黙々と仕事しているものの、
三人とも表情はとても暗かった。
おまけに定時ピッタリで退社。
昼間の事で相当落ち込んでいるみたいだ。
これで三人とも一夜さんの事、諦めてくれるかなぁ?