言葉のかわりに−第一章・1−

 

 

「香奈ー、ゆっくり行ってるからー。」

そう言って、唯は学校へと向かう道をゆっくりと歩き始める。

唯と香奈が高校2年になってから2ヶ月が過ぎようとしていた5月の終わり頃。

唯の長い髪がサラサラと頬を撫でて、心地よい風が通り過ぎて行く。

 

横断歩道で信号待ちをしてた時、後ろから香奈がゼーゼーと息を切らしながら走ってきた。

「・・・ハァ、ハァ・・・唯、早いよー!・・・全然ゆっくりじゃないしー。」

まだ整っていない息で香奈が文句を言う。

そんな香奈を見て苦笑しながら唯が言った。

「あれ・・・早かった?ごめんごめん。」

そんな会話をしているうちに歩行者用の信号が青に変わった。

全力疾走してきたのか、香奈はまだ肩で息をしている。

「香奈、渡るよー。」

唯はそう言って香奈の左手を取り、横断歩道を渡る。

 

横断歩道の信号が点滅し始めた頃、後ろから足音が聞こえたかと思うと

ドンッ

と、鈍い音とともに誰かが唯にぶつかった。

その瞬間「きゃっ・・・!」と小さく悲鳴をあげて唯が地面に倒れた。

左手を掴まれていた香奈も一緒に倒れそうになったが、間一髪で体勢を整えた。

「イタタ・・・。」

「唯、大丈夫?」

香奈がそう言って唯に手を貸そうとした時、それより先に大きな手が唯の目の前に差し出された。

「ごめん。大丈夫?」

明らかに男性とわかる少し甘くて低い声の主を唯は見上げた。

 

少し茶色かかった髪。

鼻筋がきれいに通った整った顔立ち。

心配そうに見つめてくる瞳はとても印象的だ。

 

「・・・唯?」

ぼーっと目の前の男の子に見入っていると不意に香奈に名前を呼ばれ我に返る。

「あっ!・・・っ、え?、だ、大丈夫っ」

そう言って立ち上がろうとした時、左足首に電流のように激痛が走る。

「痛っ」

どうやら倒れた時に捻挫したようだ。

次の瞬間、唯は目の前の大きな手にふわりと両脇を抱えられ、立ちあがることができた。

「あ、あの・・・っ。」

一瞬何が起こったのかわからなかった唯だが、すぐに状況を把握できた。

自分は今、抱き合うようにして立っている。

しかも、目の前にいるのは男の子で・・・。

(わ・・・背高い・・・。)

152cmしかない小柄な唯は、180cmはあるであろう長身の彼の腕の中にすっぽり入る。

「怪我、させちゃったみたいだな・・・。悪い。」

「あ、いぃえ・・・っ。」

唯は恥ずかしくて彼の顔を見ることができず、顔を赤くしたまま俯いて答えた。

そのやりとりをボーゼンと横で見ている香奈。

 

結局、その彼に学校の保健室まで“腕”を借り、連れて行かれ手当てをしてもらった。

普通は“肩を借りる”が正しいのだが唯にとっては彼の肩の位置が思いのほか高く、

腕に掴まる格好になった。

「俺。2年2組の篠原和磨。君は?」

「あ、えと・・・2年5組の神崎唯・・・。」

手当てをしてもらっている間、お互い軽く自己紹介した。

「同じ2年生だったんだ。ほんとごめんね。」

「あ、ううん。大丈夫。」

まだ少し痛いのを我慢して唯が微笑んでみせた。

「軽い捻挫だから一週間くらい湿布貼ってれば治るわよ。」

保健室の先生が心配ないと言わんばかりにやさしくそう言った。

それを聞いた和磨は少し安心したように微笑んだ。

その後、和磨は唯の教室まで送ってくれた。

香奈はずっと眉間にしわをよせたままだった。

 



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