言葉のかわりに−第一章・12−

 

 

――翌日。

 

和磨は登校するなり拓未が香奈から訊き出していた昨夜の化粧室での一件を詳しく訊いた。

 

 

「くそっ、エリのヤツ……そんなデタラメを……」

拓未の話を聞いた和磨が唇を噛む。

 

「香奈が言うにはとりあえず口だけで手は出していなかったし、唯ちゃんに文句を言っていた事を

 和磨に知られたくないみたいだったから、表立って何かするとは思えないって。

 ただ……唯ちゃんの方が和磨の事を避けてるみたいだから、誤解は早く解いた方がいいな」

 

「……あぁ」

 

「だけど和磨、あんまりあの女を刺激するなよ? “急いては事を仕損ずる”ってな?

 こういう事は後々しこりを残さないように解決しないと女は後が怖いぞ?」

拓未は和磨を落ち着かせるように言った。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして昼休憩――、

和磨がエリの教室に向かおうと席を立つと、

「和磨、ちょっといい?」

教室の入り口にエリが立っていた。

 

「……」

怪訝な顔をする和磨。

 

「焦るなよ?」

拓未は和磨の耳元に囁いて背中を軽く叩いた。

 

和磨は小さく頷いてタイミングよく現れたエリについていった――。

 

 

エリは部室棟の裏に行き、そこで足を止めた。

ここは放課後以外、あまり人の来る事がない。

 

「話はなんだ?」

和磨はエリを睨みつけながら切り出した。

 

「……ねぇ、私達やり直せない?」

エリはゆっくり振り返り、和磨の頬に右手を伸ばした。

彼女とは二ヶ月程前まで付き合っていた。

 

和磨はエリの右手首を掴み、壁に押し付けた。

同時に逃げられないようにエリの顔の横に和磨は右手をつくと、彼女の体が壁にピッタリと縫い付けられた。

 

「ふざけるな」

和磨はなるべく冷静を装って言った。

最初から怒鳴ると逃げ出しかねない。

それでは唯との一件が解決しないからだ。

 

「ふざけてない、本気よ」

エリは真剣な目で見つめた。

 

「……だからなのか?」

 

「え?」

 

「だから神崎さんにあんな嘘を言ったのか?」

 

「っ!」

エリの表情が強張った。

 

「あの子達……しゃべったの?」

 

「様子があまりにもおかしかったから、ツレに頼んで訊き出したんだ」

 

「……」

 

「何故、あんな事を言った?」

 

「……」

 

「言えよ」

 

「……」

エリは黙ったまま和磨から視線を逸らした。

 

和磨は黙り込んでしまったエリに苛立ち、

「言えよっ!」

声を荒げた。

 

エリの体がビクリと小さく跳ね、

「……昨日、あの店で和磨を見た時、あの子に笑い掛けてたのが見えたの」

ゆっくりと話し出した。

 

「その顔がものすごく優しくて……私といた時は絶対あんな顔しなかったし、笑う事もなかったじゃない」

 

(当たり前だろ、楽しくなかったんだから)

和磨は心の中でそう呟きながら黙ったまま話を聞いていた。

 

「私だけじゃない……」

 

「……」

 

「他の子の時だってそうだったんでしょ?」

 

「あぁ……」

(そうだ……どんな女と一緒にいても楽しくなかった)

 

「悔しかったの……あの子だけに笑い掛けてたのが」

 

「……」

 

「あの子より絶対私のほ……」

「ふざけんな!」

エリが全て言い終わらなくても何が言いたいか和磨にはわかっていた。

 

「神崎さんより、お前の方がなんだって? 上だとでも言いたいのか?」

 

「……っ」

 

「決めるのは俺だ」

 

「……」

 

「“どっちが上か”とかじゃない」

 

「……」

 

「“どっちと一緒にいたいか”、“誰と一緒にいたい”かだ。それを決めるのは俺だ」

 

「私は和磨といたい……」

 

「俺は、神崎さんと一緒にいたいんだ」

和磨がハッキリ言うとエリは泣きそうな顔になった。

 

「お前と寄りを戻す気はない」

 

「……」

 

「今度……」

 

「……?」

 

「今度、神崎さんに何かしたら……その時は俺、お前にどんな仕返しするかわかんねぇぞ?」

和磨はさらにエリに向かって威嚇した。

 

「っ!」

エリは驚いた表情をしていた。

それはそうだろう。

今までの和磨は“彼女”が他のファンの子から文句を言われても、何をされても知らん顔をしてきた。

それなのに今回ばかりは違うのだから。

 

「本気……なのね?」

 

「あぁ……」

 

「……」

 

「……」

 

 

そして、しばらくの沈黙の後、

「あの子に謝っておいて。悪かったって」

エリは真剣な顔で言った。

おそらく本気で悪かったと思ったのだろう。

 

「……わかった」

和磨はそう言うとその場を離れた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――放課後。

 

和磨は唯の教室へと急いだ。

 

(……いない)

しかし、教室の中に既に唯の姿はなかった。

 

「神崎さんは?」

和磨は近くにいたクラスメイトに訊ねた。

 

「十分くらい前に帰ったよ」

 

(くそっ! 遅かったか……)

「ありがとう」

和磨は教室を飛び出し、唯を追いかけた。

 

とにかく彼女と話をしなければ……。

 

彼女に話を聞いてもらわなければ……!

 

和磨はただ唯の姿を探し、追いかけた――。

 

 

そして初めて出会った場所、あの横断歩道で唯に追いついた。

 

「神崎さんっ!」

 

「篠原くん……?」

振り返った唯は驚いた顔をしている。

 

「どうしたの? 大丈夫……?」

全力疾走し、息が上がってしゃべれない和磨に唯は心配そうに声を掛けた。

 

そうして息が落ち着いてきた頃、ちょうど横断歩道の信号が青になった。

和磨は無言のまま唯の手を取って、横断歩道を渡った先にある公園へと向かった。

 

「えっ!? ちょ……っ! あ、あの……っ!?」

唯は突然の事で戸惑っている。

 

だけど、そんな事は和磨にとってどうでもよかった。

 

“とにかく話がしたい”

 

ただその一心で足を進めた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

公園の中の人気のない場所に唯を連れて行くと和磨はようやくゆっくりと話を切り出した。

「聞いたよ。エリに何を言われたか」

 

「……っ!」

唯は驚き、和磨の顔を見上げた。

 

「ごめん……」

 

「……どうして篠原くんが謝るの?」

 

「俺の、所為だから」

 

「……?」

唯は少し怪訝な顔をした。

 

「エリとは二ヶ月前まで付き合ってたんだ」

 

「……」

 

「だけど、俺から別れようって言ったんだ」

 

「……」

 

「俺から一方的に」

 

「そんな……っ」

ひどい……と言わんばかりの顔になる。

 

「だから……ごめん」

 

「……」

 

「アイツがちゃんと納得いくような別れ方してたら、こんな事にならなかった……。

 神崎さんにも嫌な思いさせなくて済んだのに……」

 

「……」

唯はただ黙って和磨の話を聞いていた。

 

「アイツが言った事、全部嘘だから」

 

「……え?」

 

「俺は……決して神崎さんの事、からかってたりしてた訳じゃないから」

 

「……」

唯は次の言葉を待っているかように黙ったまま和磨をじっと見つめている。

 

「アイツが言ってたように俺がアイツを愛してるとかはないし、付き合ってる時も好きじゃなかった」

 

「じゃあ、どうして……付き合ったりなんかしたの?」

 

「あの頃の俺は……好きでもない女と付き合うような人間だったんだ……」

 

「……」

 

「誰と付き合っても同じだと思ってた。どんな女と付き合っても楽しくなかったし」

 

「そんな……」

 

「だから、来るもの拒まずって感じだったんだ」

 

「……」

唯は俯いて何か考えているようだった。

何を考えているかはわからない。

和磨が言ったことを理解しようとしているのか、エリの言葉を思い出しているのか……。

 

「俺の事、軽蔑した?」

 

「……そ、それは……」

和磨と視線を合わせようとせず、答える事も出来ないでいる唯。

 

(そりゃそうだよな……好きでもない女と付き合って、楽しくないからって一方的に別れるようなそんな男だし。

 ……いや、だったし。実際、そのおかげで神崎さんに嫌な思いまでさせた……)

今更ながら過去の自分を腹立たしく思う和磨。

 

「俺の事が……信じられない……?」

和磨は思い切って唯に問い掛けた。

 

「……」

唯は答えられずにただ和磨を不安そうに見つめている。

しかし、すぐに視線を外し、また俯いてしまった。

 

和磨が唯の事をほとんど知らないように、唯も和磨の事をほとんど知らないはずだ。

だから『信じらない?』と訊かれてもそもそも知らないんだし、かと言って『信じられる?』と訊いたところで答えられないだろう。

 

「信じてほしい……」

 

「っ!」

唯はハッと顔をあげた。

視線が絡み合う。

吸い込まれそうなほど真っ黒なその瞳には和磨が映っている。

 

「俺、嘘は吐いた事ないから」

 

「……」

 

「確かに今までは酷い付き合い方もしてきた。だけど……それでも相手に対して嘘を吐いたりした事はない」

 

「……」

 

「だから……、俺の言葉を信じてほしい」

和磨がそう言うと唯はしばらくじっと見据えた後、小さくコクンと頷いた。

 

そして、和磨は思い切って次の言葉を口にした。

 

「俺が好きなのは……」

 

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