言葉のかわりに−第二章・20−
戸田との話を終え、俺は自分のカバンを取りに行った後、
唯の教室に向かった。
教室を覗くと、すでに香奈の姿はなく、
唯は自分の席に座って楽譜を見ていた。
「唯。」
「あ、かず君。」
「ごめん、待たせて。拓未と上木さんは?」
「先に帰ったよ。」
「そっか。」
それは好都合。
ちょうど唯と二人でゆっくり話したかったし・・・。
「帰ろう。」
「うん。」
唯が楽譜をカバンに仕舞って立ち上がると同時に
俺は唯の手を取って教室を出た。
俺達二人は例によってあの公園の展望台に来た。
ベンチに座って一緒に夕陽を眺めながら話をする為・・・。
「唯・・・。」
「うん?」
「なんであの女に突き飛ばされたの言わなかったんだよ?」
俺は唯の顔を覗き込んだ。
「・・・だ、だって・・・」
唯は俯いて口篭った。
あまり言いたくなさそうな感じだけど、
ここで曖昧にして終わらせる訳にはいかない。
「・・・。」
「・・・。」
俺は唯が自分から話し始めるまで待った。
「・・・私がかず君に言ってたら・・・どうしてた?」
しばらくして唯はゆっくりと話し始めた。
「もちろん、あの女をシメに行ってた。」
躊躇う事無く答えた俺に唯は俯いたまま小さな声で
「・・・そんな事したら、・・・ファンが減っちゃう。」
と、言った。
そんな事思ってたのか・・・。
「だからなのか?」
「・・・。」
俺は黙り込んだ唯の頭をクシャクシャと撫でて、
自分の肩に凭れかけさせた。
「そんなファンなら・・・いらない。」
「でも・・・。」
「唯の言いたい事はわかるよ。」
「・・・。」
「俺だってファンは大事だと思うから出待ちをされてても、
ライブの翌日に学校で取り囲まれたりしても追い払ったりはしない。」
「うん。」
「他のメンバーほど愛想は良くないけど。」
「・・・うん。」
「けど、ファンが俺達メンバーのプライベートな事にまで
首を突っ込むのはおかしいだろ?」
「うん。」
「俺が誰と付き合おうが、誰と仲良くなろうが俺の自由なんだし。」
「うん。」
「ファン同士の話の中で、俺が誰と付き合ってるとか噂になるだけなら
ともかく、相手の女に手を出すようなファンは正直ちょっと・・・な。」
「・・・。」
「だから・・・今度からそういう事があったら、ちゃんと俺に言えよ?」
「・・・。」
「唯?」
俺はなかなか返事をしようとしない唯の顔を諭すように覗き込んだ。
「・・・うん。」
唯はしばらくして、ようやくコクンと頷いた。
ちゃんと言えよ・・・とは言ったものの、本当は・・・わかっていた。
唯と付き合い始めてから、ずっと・・・。
きっとまたあの女が“何か”するんじゃないかって。
そして、唯は“何か”されても多分俺には言わないんだろうって事も・・・。
現に唯はあの女に突き飛ばされた事も、月曜日に呼び出された事も
俺に言うどころか、むしろ隠そうとまでしていた・・・。
だから警戒してたのに・・・。
唯は、今まで付き合ってきた女みたいに俺との事を公にしたがらないし、
自分からは手も繋いでこようとしない。
Oracleのメンバーにさえ、打ち上げの時に話の流れで隠し切れなくなって
ようやく俺と付き合ってる事をバラした。
それでもずっと警戒してたはずなのに・・・。
それなのに、俺は・・・戸田と唯の事を勘違いして勝手に一人で不貞腐れてた。
警戒するどころか唯の事を放ったらかしにしてた・・・。
俺がもっとちゃんと気をつけてたら・・・。
「かず君・・・ありがと・・・。」
唯はまた泣き始めた。
「彼氏なんだから・・・当たり前だろ?」
俺は強かなくせに泣き虫な唯を抱きしめた・・・。
俺になんにも言わずに、一人でずっと我慢してたんだと思うと
なんだか遣り切れない・・・。
多分、他にもたくさん我慢していることがあるんだろうな・・・。
きっと、俺に言わないだけで・・・。
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