言葉のかわりに−第二章・23−

 

 

結局、唯はコンクールのファイナルまで残ることができた。

日曜日、和磨は拓未と香奈と三人で唯の応援の為、

コンクール会場に足を運んだ。

 

会場のロビーには唯の兄・雅紀がいた。

「雅兄〜っ!」

香奈が手を振りながら雅紀に駆け寄る。

「お、香奈。」

雅紀も香奈を見つけると優しく微笑み、軽く手をあげた。

傍目から見ると本当の兄妹のように見える。

和磨と拓未も雅紀に近づき、「こんにちは。」と言うと、

雅紀は「やぁ。」と、笑顔を向けた。

「雅兄、唯には会った?」

「うん、今日は俺が連れてきたから。」

「あ、そーなんだ?どぉ?落ち着いてた?」

「うん、朝メシも昼メシもしっかり食ってたし、

 車の中でも普通にしゃべってたよ。」

「ふーん・・・。じゃ、大丈夫なのかな?」

「まぁ・・・去年が去年だけに心配だけどな。」

そう言って雅紀は苦笑した。

(去年?・・・去年何かあったのか?)

和磨がそんな事を思っていると、

「そろそろ唯の出番が近い、客席に行こう。」

と、雅紀が立ち上がった。

 

客席に座ると、ちょうど唯の一つ前の奏者が出てくるところだった。

その瞬間、雅紀と香奈の顔が強張った。

「ま、雅兄っ、あれっ!」

「あぁ、・・・あの子も出てたのか・・・。」

和磨と拓未は何がなんだかわからない。

香奈が急に立ちあがり、客席を出ようとした。

その瞬間、雅紀が香奈の腕を掴み、それを制した。

「香奈、どこへ行く気だ?」

「もちろん唯のところに決まってるじゃない!」

「だめだ、もう遅い・・・今頃は舞台の袖にいるはずだ。」

そう言って雅紀は香奈を座らせた。

「大丈夫だ・・・唯は。」

「で、でも・・・。」

「もう他人の言葉に振り回されてた頃のアイツじゃない。」

「・・・。」

「大丈夫だ。」

雅紀は香奈に優しく微笑んだ。

すると香奈も雅紀の言葉に「・・・うん。」と頷いて大人しくなった。

和磨も拓未も香奈の慌てぶりに首を捻った。

 

自信に満ち溢れた顔をしたその奏者はピアノの前に座ると

小さく息を吐き出してから弾きはじめた。

雅紀以外はクラシックの事はさっぱりわからない。

やたらテンポの速い曲・・・。

それくらいしかわからない。

ただ、迫力はある。

あるけど・・・それ以外何も感じない。

「あ・・・。」

雅紀が小さく声をあげた。

「雅兄?どうしたの?」

不思議そうに香奈が雅紀に視線を移す。

「あの子・・・今、一音飛ばした。」

(え・・・?)

(こんなテンポの速い曲で一音飛ばしただけでもわかるのか・・・?)

確かに、一音飛ばしたのが自分でもわかったのか、

先ほどまでの演奏とは違ってきていた。

自信に満ち溢れた顔はどこかへ消え、焦りの色を

隠し切れない顔で弾いていた。

 

結局、二曲目も雅紀曰く、ミスタッチが多かったらしい。

一曲目の小さなミスが響いたようだ。

最後は苦渋の表情のまま、ピアノの前で一礼して舞台袖へ下がっていった。

 

次はいよいよ唯の出番だ。

舞台袖からゆっくりと出てくる唯の姿は、和磨が初めて唯の演奏を

聴いた時と同じ顔をしていた。

「唯、落ち着いてるっぽい?」

香奈が心配そうに口を開いた。

「あぁ、あの様子なら大丈夫だろう。」

雅紀も少し心配そうな顔はしているもののそう答えた。

濃紺のキャミソールドレスにビーズの刺繍がキラキラと輝いている。

唯はストレートの長い黒髪をサラサラと靡かせて、舞台の中央に歩み寄った。

ピアノの前で一礼し、天を少し仰ぐように息を吐き出してから弾き始めた。

先ほどの奏者と同様、テンポの速い曲。

無窮動的に続く旋律と速いパッセージは迫力さえ感じる。

いや・・・迫力だけではない。

言葉に表せない何か・・・。

それを裏付けるかのごとく、客席のほとんどが

唯のピアノに惹き込まれているかの様だ。

 

唯は二曲目も天を少し仰いでからゆっくりと弾き始めた。

一曲目の迫力のある演奏とは違い、穏やかな顔で弾いている。

教会の賛美歌を思わせるような旋律・・・。

唯の奏でるそのやわらかい音に包まれ、ここがコンクール会場だという事を

忘れてしまうほどだった。

和磨が目を閉じて聴いていると、いつの間にか演奏が終わり、

客席から拍手が沸き起こっていた。

唯はゆっくりと一礼し、舞台の袖へと下がっていった。

すると香奈はすぐに席を立ち、唯の控室へと向かった。

 



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