言葉のかわりに−第二章・24−

 

 

唯は順当に二次予選、三次予選、セミファイナルを通過した。

そして日曜日のこの日―――いよいよファイナルだ。

去年はセミファイナルにすら残れなかった。

リベンジに賭けた今年はそれだけに気合いを入れていた。

 

女子の控室で衣装のドレスに着替え、メイクを済ませて最終チェックをし、

後はいつものように楽譜を見ながら、出番を待っている時だった。

「今回はファイナルまで残れたみたいね?」

不意に頭上から降ってきた声に

唯は顔を上げ、目の前の人物に視線を移した。

(あ・・・。)

その人物は自信有り気に唯を見下ろしていた。

 

一橋美由紀。

唯と同い年で都内の有名な音楽高校に通っている。

以前からコンクールで一緒になる度に本番前にいろいろと言って来ていて、

それが原因で去年、唯はセミファイナルにも残れなかった。

唯の事を一方的にライバル視しているのだ。

 

「・・・。」

「最近、コンクールで全然一緒にならないから、

 もうピアノやめたのかと思ってた。」

相変わらず唯が何も言い返さないのをいい事に、

好き勝手な事を言ってくる。

「こんな本番前になってもまだ楽譜と睨めっこ?往生際が悪いわね。」

口の端を吊り上げ、美由紀はフフンッと笑った。

しかし、ここまで言っても唯は顔色一つ変えなかった。

今までの唯ならとっくに泣きそうな顔になっていたり、

控室を飛び出していっているだろう。

何も言い返してもこず、ただじっと自分を見据えるだけの唯に

美由紀はムッとして、まだ何か言おうと口を開いた時・・・

 

・・・コンコンッ。

 

ドアをノックする音が聞こえた。

「19番の方、舞台袖に待機してください。」

19番・・・美由紀の番号だ。

美由紀は控室のドアを開け、「私、絶対に負けないから。」と

自信たっぷりに言い放ち、出て行った。

唯は、はぁ〜っとため息をつき、再び楽譜に視線を戻した。

 

十数分後、ノックの音ともに唯の番号が呼ばれ、

舞台袖に待機するように言われた。

控室を出て、舞台袖に行くと、

前奏者の美由紀が下がってくるところだった。

だが、その表情はなんだか穏やかではない。

美由紀は唯とすれ違う瞬間も睨みつけてきた。

とことん唯を追い詰めたいらしい。

しかし、唯はまったく動じないでいた。

誰が何を言って来ようが自分は自分。

去年は・・・いや、去年まではそんな風に考える事ができなかった。

そのせいで唯は自分を見失い、自分らしい演奏がまったくできなかった。

美由紀に散々好きな事を言われ、演奏を目の当たりにし、

実力を見せ付けられた。

・・・というより、元々タイプが違う二人だから

実力の差・・・ではなく、美由紀の演奏そのものに圧倒されたのだ。

だけど、もう去年のような失敗はしない・・・。

落ち着いて自分の演奏をすればいいだけ。

唯は自分にそう言い聞かせると目を閉じ、

そして深呼吸をして、ゆっくりと舞台へと踏み出していった。

 

一曲目は、ショパンの『エチュード10-4』

テンポの速い難易度の高い曲だ。

(大丈夫・・・。)

(私には、応援してくれている人がたくさんいる・・・。)

唯は小さく息を吐いてから弾き始めた。

鍵盤の上を走るように・・・踊るように・・・

そして、流れるように動く指。

集中して弾いていたせいか、あっと言う間に弾き終えた。

 

二曲目。

バッハの『コラール前奏曲 BWV645 目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ』

一曲目とはまたガラリと曲調も雰囲気も変わる。

教会の賛美歌のような・・・衆賛歌のような・・・。

唯は呼吸を整えると静かに鍵盤に指を置き、弾き始めた。

一音一音、教会のオルガンを弾いているかのように・・・。

 

演奏が終わり、静かに立ち上がると客席から拍手が降り注いだ。

唯は深々とおじきをし、舞台の袖へと下がっていった。

控室に入る直前、「唯っ!」と呼ぶ声が聞こえ、

その声に振り向くと香奈が駆け寄ってきていた。

「香奈。」

唯は香奈に手を振った。

香奈の後ろからは、雅紀と和磨、拓未もついてきていた。

 



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