言葉のかわりに−第一章・23−

 

 

香奈に連れられ、俺達Juliusのメンバーは彼女の出演する演奏会の会場へと足を運んだ。

客席に入ると丁度、先日ファーストフードで彼女に声を掛けた“ヒロくん”の出番だった。

受付で渡されたパンフレットを見ると、彼の次が彼女の出番だ。

トリの前を務めるだけあって“ヒロくん”もそれなりに上手い。

 

“ヒロくん”の演奏が終わり、次はいよいよ彼女の出番。

和磨は一瞬にして目を奪われた。

舞台の袖から出てきた彼女は、凛としていて普段の彼女をまったく感じさせない。

シフォン生地に小さな花が散りばめられている膝丈の白い半袖のドレスに身を包んだ彼女。

アップにした髪には、ドレスとおそろいの小さな花がつけられている。

両サイドに少し残した髪は軽くウェーブがかかっていて、いつもより少し大人っぽい。

メイクをしているせいもあるだろう。

ピアノの前で一礼し、静かに座った彼女は一息ついて演奏し始めた。

いつものおとなしい唯とは思えぬほど情熱的で、力強い演奏をしている。

見ているこっちまで体中が熱くなってきそうだ。

(なんていう曲だろう・・・?)

和磨はパンフレットの演奏曲目を見た。


ベートーベン

ピアノソナタ第23番 『熱情』より第3楽章


(熱情・・・。)

ただピアノが上手いだけの人間ならいくらでもいるだろう。

しかし、曲の内容をちゃんと表現するのは難しい。

特に歌詞がないピアノソナタなどはなおさらだ。

(すごいな・・・、これほどの演奏ができるなんて・・・。)

 

一曲目の演奏が終わり、客席から拍手が沸き起こる。

二曲目は、


ドビュッシー

『夢』


一曲目の『熱情』とは違い、しっとりとした曲だ。

唯の奏でる一音一音が色鮮やかに会場の空気を染め上げていった。

まさに夢の中にいるかの様に・・・、

会場を一気に別の世界へと引き込んで行く。

 

唯の演奏はあっと言う間に終わり、大きな拍手と歓声に応えるように

何度もおじきをして唯は舞台袖へと下がっていった。

「ほぇ〜っ!すごいね、唯ちゃん。まさかあそこまで弾けるとは知らなかった。」

拓未もすっかり感心している。

「でしょ〜っ?」

香奈が自慢げに言う。

「ところで、和磨の気になってる子って、神崎唯ちゃんだったんだな。」

准が徐に口を開いた。

(准も神崎さんの事、知ってたのか・・・。)

「競争率高い子にいったなー。」

智也も唯の噂を耳にした事があるのか、笑いながら言った。

(てか、智也も知ってたのかよ。)

「・・・。」

俺は黙っていた。

と言うか、どういう反応をすればいいのかわからなかった。

素直にそうだとも言えず、かといって今更ちがうとも言えない。

もうすっかりバレている気がしたからだ。

いや・・・きっとバレているにちがいない。

 

それからしばらくして、香奈を先頭に唯の楽屋に向かった。

コンコンッ。

「唯、私。入ってもいい?」

香奈がノックをしてドア越しに声を掛ける。

「うん。」

中から彼女の声がした。

ガチャッ。

「お疲れさまーっ!」

そう言って香奈が勢い良くドアを開ける。

彼女はすでに普段着に着替えてしまっていた。

(ドレス姿近くで見たかったな・・・。)

そんな事を思っていると、俺達Juliusのメンバー四人に気づいた彼女は

口をパクパクさせ、驚いた顔で固まっていた。

 



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