言葉のかわりに−第三章・2−
面談が終わり、和磨は美奈子と一緒に自宅に戻った。
「俺は・・・本気だから。」
美奈子がリビングに続くドアに手を掛けた時、
和磨が真剣な顔で言った。
「その話はまた後。今日はお父さんも早く帰るって言ってたから。」
美奈子は軽くため息をつき、和磨に優しい口調で言った。
「・・・わかった。」
和磨は返事を返すと自分の部屋へと行った。
―――午後7時。
美奈子が言っていた通り、和磨の父・真人が珍しく早く帰宅した。
そして久しぶりに家族揃って夕食を摂った後、
今日の面談・・・つまり和磨の進路に話題が移った。
「やっぱりお前はどうしても大学へ行く気も、就職する気もないのか?」
真人は煙草に火をつけながら和磨に問いかけた。
「あぁ。」
和磨は短く返事をした。
“とりあえず大学は出ておけ。”
進路の話が出る度に言われてきた言葉だ。
和磨はまたどうせ同じ事を言われると思っていた。
「・・・。」
真人は和磨の反応を見てしばらく考え込んでいたが、
フゥーッと煙草の煙とともに息を吐き出し、
「お前がそこまで本気で思っているなら・・・やってみろ。」
と言った。
「え・・・。」
和磨は驚いてハッと顔をあげた。
「どうせ大学へ行ったとしても卒業まで待てなかったり、
無事に卒業できたとしても、就職したとしても、
真剣に考えてるなら、いつかはこうやって同じ事を
話す日がくるだろう?」
真人は苦笑いしながら和磨に視線を移した。
「だったら、やってみろ。」
「・・・いいのか?」
和磨は驚いた顔のまま真人を見据えた。
「今までだって散々反対したのに、お前はちっとも聞かなかっただろ?
それに本気で考えてる事なら後悔しない選択をしてほしい。
だから、今さらもう反対もしないさ。
・・・まぁ、親としてはそれでも心配だけどな。」
真人は和磨に優しい笑顔を向け、
「けど、だからと言って成績は落とすなよ?
今のお前はあくまでも学生なんだからな?」
と続け、ニヤっと笑った。
「うん・・・。」
和磨は返事を返すとやっと笑みをこぼした。
その様子を見ていた美奈子も「じゃあ、母さんももう反対はしない。」
と、和磨に優しく微笑んだ。
和磨の進路の話が終わり、美奈子はコーヒーを淹れながら和磨に言った。
「ところで、唯ちゃんのお母さんて声楽家だったのね。」
「あー、なんかそうらしいな。」
和磨はソファーでテレビを見ながら美奈子に視線を向ける事無く答えた。
「“神崎”さんていうから、初めはわからなかったけど、
まさかあの“藤島真由美”さんだったとはねー。」
「え・・・。」
和磨は美奈子に視線を向けた。
クラシックには詳しくないが、“藤島真由美”という名前だけなら和磨も知っていた。
元々、真人と美奈子は音楽が好きで楽器こそはやらないものの
よく二人でクラシックのコンサートなどにも行っている。
だから美奈子は“藤島真由美”の顔も知っていたし、
廊下で真由美といろいろ話しているうちに“藤島真由美”だとわかったらしい。
“藤島”と言うのは真由美の旧姓で、女性の音楽家が結婚しても
旧姓のまま活動をするのはよくある話だ。
「“藤島真由美”って、“あの”?」
真人もその名前を聞いて驚いている。
「そうそう。」
美奈子は真人と和磨の前に三人分のコーヒーを置き、
自分もソファーに座った。
「結婚してからは音楽活動を控えていたみたいだけど、唯ちゃんが
高校を卒業したら本格的に復帰するんだって。」
「唯ちゃんて、和磨の彼女の?」
「そう、すっごくかわいい子なのよ。」
「へぇー、見てみたいな。」
真人は和磨に悪戯っぽい笑顔を向けた。
「和磨の部屋に行けば、唯ちゃんの写真が飾ってあるわよ。」
美奈子は和磨ににやりとして見せた。
「・・・。」
和磨は黙ったままコーヒーを飲みながら美奈子から視線を外した。
その様子を真人はククッと笑いながら見ていた。
「今までは部屋に女の子の写真を飾るどころか、
家にも連れてきたことなかったのにね?」
美奈子はクスクスと笑った。
「てことは、その唯ちゃんのお父さんは・・・あの“神崎修一”?」
「・・・そういう事になるわねぇ。」
真人と美奈子は“藤島真由美”の夫が誰なのか知っているらしい。
神崎修一・・・?
その人って・・・。
たしか世界的に有名な指揮者じゃないか・・・?
そういえば・・・言われてみれば唯の家はデカい。
それに以前、香奈が地下室もあると言っていた。
グランドピアノがあって防音もバッチリだとも・・・。
(音楽一家だったのかよ・・・。)
和磨は唯の家族の謎が解け、しかも世界的に有名な両親を持つ
所謂サラブレッドだったことに驚いた。
「唯ちゃんの面談が短かったのは、音大にでも行くつもりで進路が
決まってるからなのかしらね?」
「まぁ、当然音大には行くだろうなぁ。」
真人と美奈子の会話を聞きながら、和磨は今まで唯と進路について
お互い話したことがないのに気がついた。
音大か・・・。
確かにあれだけ真剣にピアノをやってて、しかもあれだけの親なら
まちがいなく音大に行かせるだろうな。
その後は・・・やっぱり留学とかするんだろうか?
同じ“音楽”をやっているとは言っても、クラシック界と
所謂POPS界やROCK界では大きく違う。
自分とは違う世界に行ってしまうのか・・・。
和磨は、なんとなく唯がいつか遠い存在になってしまうような気がした。
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