言葉のかわりに−第三章・4−

 

 

拓未は頬杖をついたまま、不貞腐れていた。

その顔には痣があり、見るからに痛そうだ。

香奈は昨夜、何があったか知っているらしく、

驚く様子もない。

 

「おはよう・・・。」

唯は驚いた顔をし、和磨と拓未に声をかけた。

 

和磨は唯と香奈に視線を向けて「おはよう。」と返した。

しかし、それとは対照的に拓未は無言で軽く手をあげるだけだった。

いつもと真逆である。

 

「望月くん・・・大丈夫・・・?」

唯は恐る恐る拓未に話しかけた。

拓未は無言で唯に視線を向けないまま、

コクコクと首を縦に振るだけだった。

そして拓未が見るからに不機嫌で

“放っておいてくれオーラ”を発していたため、

唯はそれ以上話しかける事はしなかった。

香奈ですら、拓未には触れないでいる。

そんなだから、いつもならいるはずのファンの子も、

今日は一人も来ていない。

 

 

この日も午前中で学校は終わった。

結局、拓未は誰とも一言も話す事無く、ずっと不貞腐れていた。

 

おかげで静かな半日だった・・・いろんな意味で。

 

 

今日はリハーサルもなく、練習も夕方からなので和磨と少しゆっくりできる。

唯は久しぶりに和磨と二人で展望台に行った。

 

「今日はなんか静かな日だったな。」

和磨は苦笑しながら唯に視線を向けた。

 

「・・・うん、そうだね。」

唯は拓未の事が少し気になっているみたいだ。

 

「親父さんと喧嘩したらしい。」

 

「・・・?、・・・あっ。」

唯は和磨が何の事を言ったのかわからなかったが、

すぐに拓未の事だと気がついた。

 

「拓未の顔の痣・・・進路の事で、親父さんと殴り合いしたんだとさ。」

 

「な、殴り合い・・・。」

 

「あいつの親父さん、会社の経営者でさ、所謂社長なんだ。」

 

「そうだったんだ・・・。」

 

「結構デカい会社で『望月建設』って、聞いたことあるだろ?」

 

「うん・・・て、まさかそれが望月くんのお父さんの会社!?」

唯は驚いて思わず声をあげた。

『望月建設』といえば日本でも屈指の建設会社だからだ。

 

「そそ。」

和磨は驚いた唯の顔を見て苦笑した。

 

「あいつの上にはアニキが一人いて、そのアニキが

 会社を継ぐことになってるんだけど

 親父さんは、拓未にも会社に入ってもらいたいらしくて、

 ミュージシャンになることに猛反対してるんだ。」

 

唯は昨日、拓未が“問題は俺かもな。”と言っていた意味がわかったような気がした。

 

「アイツに言わせれば、“いつも仕事、仕事で放ったらかしで家にいないくせに、

 世間体が悪いってだけで息子の人生にはきっちり口を出しやがる。”らしい。」

 

「放ったらかし・・・。」

唯は呟くように言うと、少し考え込むように俯いた。

 

「・・・?」

和磨は唯の顔を覗き込んだ。

 

「ホントに放ったらかしなだけなのかな・・・?」

 

「唯はそうは思わない?」

 

「うん・・・。」

 

「なんで?」

 

「家にいないってだけなら、うちのお父さんもそうだし。」

 

「まあ・・・俺のとこもそうだな。」

 

「もし・・・プロになれなかった時に一番傷つくのは望月くん自身だって

 わかってるから、反対するんじゃないのかな・・・?」

 

「・・・まぁな。」

 

「・・・言葉が足らないだけだと思う。」

 

「言葉・・・?」

 

「うん・・・、望月くんの“本気”がお父さんに伝わってなくて・・・

 お父さんの心配する気持ちも望月くんに伝わってないから、

 すれ違ってるんだと思う・・・。」

 

「うん・・・。」

 

「うちのお父さんも家にいることって少ないけど、

 いつもおにいちゃんや私の事も心配してくれてるし。」

唯はそう言うと小さく笑った。

 

「・・・うん、うちの親父もそうだな。」

和磨も唯に笑みを返した。

 

「望月くんの事が本当に心配だから、猛反対するんじゃないかな?」

 

「・・・そうかもな。」

 

「放ったらかしなだけなら、あんなに痣が残るまで殴り合いしないもん。」

 

「・・・唯って・・・」

 

「・・・?」

 

「意外と大人だな。」

 

「へ・・・?」

唯は何それ?と言った顔をした。

 

「いや・・・俺はそんな風には考えられなかったから。」

 

「・・・そぉ?」

 

「・・・うん。」

和磨は苦笑いした。

 

「あ・・・でも、望月くんとお父さんが、その・・・どんな風に

 話し合ったのか知らないから、よくわかんないけど・・・。」

唯は少し困惑した。

 

「俺も拓未からそんなに詳しく聞いた訳じゃないけど、

 唯と同じ様には思えなかったな・・・。

 ただ、なんで大人ってわかってくれないんだ・・・って

 そればっかり・・・。」

 

「・・・うん。」

 

「俺もさ、面談があった夜にようやく両親が認めてくれたんだ。」

 

「・・・うん。」

 

「今までずっと反対されてたから、拓未の気持ちがわかるだけに

 他人事に思えなくて、余計に唯みたいな大人の考え方ができなかったのかもな。」

和磨は唯をちらりと見て笑って見せた。

 

「・・・うん。」

唯もそう頷くと和磨に笑みを返した。

 

 

―――その日の夜、和磨の家に拓未が来ていた。

 

「おまえ・・・今日、帰るつもりないだろ・・・?」

和磨は目の前で朝と変わらず、不貞腐れている拓未に言った。

すでに夜10時近いのに拓未は一向に帰る様子がない。

 

「・・・ない。」

拓未はあっさりと言い切った。

 

「まぁ、俺はいいけど。」

和磨は苦笑した。

 

「おまえさ・・・、もう一度よく親父さんと話し合えよ。」

 

「話したさ、今まで何回も。」

 

「・・・もし、プロになれなかった時に一番傷つくのはおまえだって

 わかってるから、反対するんじゃないのか?」

 

「・・・っ!」

拓未は和磨の言ったことにハッとした。

 

「じゃなきゃ、普通そんなに殴り合いまでしないだろ?」

 

「・・・。」

 

「お互い言葉が足らなくて、気持ちが伝わってないから

 すれ違いになってるだけじゃないのか?

 おまえが本気で思ってる事をもっとちゃんと伝えてみろよ。」

 

「・・・。」

拓未は驚いた表情で和磨を見つめていた。

 

「・・・まぁ、今のは全部、唯が言ったことだけど。」

和磨は拓未をちらりと見て苦笑した。

 

「唯ちゃん・・・?」

 

「あぁ。」

 

「・・・。」

 

「唯の親父さんもさ、ほとんど家にいないんだってさ。」

 

「・・・へぇー。」

 

「それでも父親に放っておかれてるなんて思っていないらしい。」

 

「なぜに?」

 

「いつも自分や雅紀さんの事を心配してくれているのがわかってるから。

 それって、ちゃんとコミュニケーションがとれてるからなんじゃねぇのかな?」

 

「・・・そうかもな。」

それから拓未はしばらく黙ったまま何かを考えていた。

 

 

そしてにすくっと立ち上がると

「・・・俺、帰るわ。・・・ちょっくら、親父と闘ってくる。」

と、何かを決意したように言い、拓未は和磨にニッと笑ってみせた。

 

「おぅっ。」

和磨も拓未に笑みを返した。

 

 

―――日付が変わろうした頃、拓未からメールが届いた。

 

−−−

親父に勝ったぜ!

ざまーみろ!

−−−

 



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