言葉のかわりに−第三章・8−

 

 

唯の演奏会からから数日が経った4月の終わり頃の土曜日。

和磨はJuliusの練習とミーティングが終わり、

夕方から唯と会う約束をしていた。

 

待ち合わせの時間が近くなった頃、

和磨の携帯に唯から電話がかかってきた。

 

(なんか用事でも入ったのかな?)

 

和磨は嫌な予感がした。

 

「もしもし。」

 

『あ、もしもし。』

 

「ん?唯、どうした?」

 

『ごめん、かず君。・・・だいぶ遅れそうかも。』

 

「なんか用事でも入ったのか?」

 

『うん・・・ちょっと今、お客様が来てて・・・。』

 

「そっか・・・。じゃあ・・・無理そうなら明日にするか?」

 

『・・・いいの?』

 

「うん、明日は俺、何も予定入ってないし。

 それに・・・客を無理矢理追い返す訳にも行かないだろ?」

和磨は苦笑いしながら言った。

 

『うん、わかった・・・ごめんね。』

 

「いいよ。そのかわり、明日は早朝からデートな?」

和磨はククッと笑った。

 

『えっ!?』

 

「ははは、嘘だよ。・・・けど、早く会いたいから朝10時くらいに

 迎えに行くけどいい?」

 

『うん。』

 

「ん。じゃ、明日10時に。」

 

『うん、明日・・・。』

電話が切れた後、和磨はなんで嫌な予感っていつも当たるんだろうな・・・と

思い、ため息をついた。

 

 

―――翌日、約束通り和磨は朝10時に唯の家に迎えに行った。

迎えに行く・・・と言っても、まだ高校生の和磨は当然徒歩だが・・・。

家の中から出てきた唯は嬉しそうに和磨に駆け寄った。

和磨は優しく微笑むと、唯の手を取って歩き始めた。

 

「昨日はごめんね。」

唯は約束を守れなかった事を気にしているようだ。

 

「気にしなくていいよ。今日こうして早く会えたんだし。」

和磨は唯の頭をポンポンと軽く撫でた。

 

「うん。」

 

「急な来客だったのか?」

 

「うーん、急でもなかったんだけど、思いのほか長引いちゃって。」

 

「取材かなんか?」

 

「んとね、プロダクションの人が来てたの。」

 

「・・・っ!、それって・・・」

 

(スカウト・・・?)

 

和磨は“プロダクションの人が来た”と言う意味がわかっていた。

つまりはプロ契約か何かの為・・・と言うことだろう。

 

「この前の演奏会が終わった後にね、楽屋にプロダクションの人が

 訪ねて来てくれて・・・昨日はお父さんとも話をする為に

 わざわざ家に来てくれたの。」

 

「それで・・・、契約したのか?」

 

「う、うん。一応契約って事になった。」

実は演奏会の日、橘が帰った後にも楽屋に何社かスカウトに来た。

しかし、唯は結局、『株式会社C&R』に決めたのだった。

 

「すごいじゃないか!おめでとう!」

和磨は自分の事のように嬉しく思い、唯をぎゅっと抱きしめた。

 

「あ、ありがと。」

唯は道のど真ん中で抱きしめられ恥ずかしかったものの、

和磨が喜んでくれている事が何より嬉しかった。

 

「じゃ、演奏活動とか忙しくなるのか?」

 

「あ、でもそれはまだ先の話。」

 

「なんで?」

 

「来年、パリのコンセルヴァトワールの試験を受けるまでは

 音楽の勉強に専念したいから。

 試験が終わって受かれば音楽院に通いながら、様子を見つつ

 スケジュールを組んでいって・・・」

唯はそこまで言うと一旦言葉を切り、

「落ちたら演奏活動中心になるかな。」

と言ってペロッと舌を出して苦笑した。

 

「そっか・・・。」

 

(試験に受かれば・・・パリ・・・か。)

 

・・・ん?

けど、もし落ちたら・・・?

このまま日本にいるのかな?

 

「演奏活動ってどこを拠点にするんだ?」

 

「多分、パリ。」

 

(え・・・。)

 

「試験に落ちても?」

 

「うん、落ちてもまたその次の年の試験に再挑戦するから。

 そのまま自分で音楽の勉強をパリでしながら演奏活動。」

唯はにっこり笑った。

 

「・・・そっか。」

 

(てことは・・・唯はどの道、来年の今頃はパリに行ってるかもな・・・。)

 

「てか・・・、俺思いっきり唯に先越されたな。」

和磨は苦笑いをした。

 

「え!?」

唯は和磨からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったのか、

あんぐりと口を開けた。

 

「やばい・・・このまま唯に置いていかれるかも・・・。」

和磨はちらりと唯を横目で見ると聞こえるようにワザとそう呟いた。

 

「演奏活動なら、かず君もしてるじゃない・・・ライブとか。」

唯は少し困惑したように言った。

 

「それを言うなら唯は俺よりも早く、小さい頃からステージに立ってるだろ?」

和磨はそんな唯の顔がおもしろかったのかククッと笑った。

 

「で、でも、年間の回数で言うとかず君のほうが上だもん。」

「唯は音楽歴を見ても俺より長いし。」

「そんなの関係ないもん。要するに実力だし・・・。」

「実力というなら唯はコンクールで入賞してるじゃん。」

「かず君だって、あんなにファンがいるじゃない。

 それって実力がある証拠じゃない?」

唯もなかなか負けていない。

 

「けど俺まだプロダクション契約とかしてないし。」

 

「う・・・。」

唯は言葉に詰まった。

すると和磨がにやりと笑った。

 

「あぅー・・・、契約したって言っても実際に活動するのはまだ先だもん。

 それに、かず君より先に行ってるとは思ってないし・・・。」

唯は和磨を上目遣いで見上げて少し口を尖らせた。

 

「あはは、ごめん、ごめん。ちょっと意地悪言っただけ。」

和磨はプッと吹き出しながら言った。

 

「置いて行かれるとか、そんな事思ってないよ。」

 

「もぉー、かず君の意地悪っ!」

唯は言葉では怒っているものの、顔は笑っていた。

 

先を越された・・・とか、置いて行かれる・・・じゃなくて

離れていってしまう・・・。

 

和磨はそんな気がしていた・・・。

 



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