言葉のかわりに−第一章・30−
「俺が好きなのは・・・」
そう言って彼女に手を伸ばす。
「神崎さんだから・・・。」
彼女の肩をゆっくりと引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
ふわりと髪が靡いて、彼女の体が俺の腕の中にすっぽりと納まった。
きつく抱けば壊れそうなほど細い肩・・・。
彼女の髪に俺は顔を埋め、彼女の言葉を待つ・・・。
・・・けれどきっとまた固まっている。
案の定、しばらく経っても反応がない。
俺は彼女の顔を覗き込んだ。
「神崎さん?」
俺が名前を呼ぶとやっと我に返ったのか、
「あ、あのっ!わ、私・・・!?」
突然慌て始めた。
俺が見つめると、頬を赤くして見つめ返してきた。
「俺、神崎さんが好きだ。」
もう一度、俺は彼女の黒い瞳を見つめながら言った。
「私・・・。」
彼女はどうしたらいいのかわからないみたいで戸惑っている。
けど、俺は次の瞬間、もっと大事な確認事項がある事に気がついた。
「あ・・・、もしかして・・・誰か付き合ってるヤツがいたりする?」
これだよ、これこれ!
いくら俺が彼女を好きでも付き合ってるヤツがいたりしたら・・・。
そう考えていると、
「ううん、いないよ。」
彼女は首を横に振りながらそう答えた。
俺はホッとした。
「でも・・・篠原くんのほうこそ、誰か付き合ってる子がいるんじゃないの?」
今度は彼女のほうが俺に聞いてきた。
「いや、そんな事ないよ。」
俺は即答する。
実際、そんな女はいないし。
「・・・神崎さん、俺と付き合ってもらえないかな?」
「え・・・。」
「俺じゃ、やっぱり嫌?俺の事嫌い?」
「そ、そんなことない!」
「やっぱり信じられない・・・?」
「・・・。」
彼女はまた黙り込んでしまった。
(やっぱそれが引っかかってんのか・・・。)
「・・・どっちが本当の篠原くんなのか・・・わからないの。」
彼女がゆっくりと口を開いた。
「え・・・?」
どっちの・・・?
「どっちの・・・て?」
「その・・・エリさんて人と話してる時の篠原くんと・・・
私と話してる時の篠原くん。」
「それは・・・。」
どっちも本当の俺だ。
「どっちだと思う・・・?」
「・・・。」
彼女はわからないから聞いたのに・・・と言わんばかりの顔をする。
「どっちも・・・?」
彼女はそう言って俺の答えを待つ。
「・・・正解。」
「・・・。」
「どっちも本当の俺。」
「・・・。」
「けど、エリの前での俺は、神崎さんの前には出てこないよ。」
「どうして?」
「エリの事は好きじゃなかったから。」
「・・・。」
彼女はしばらく考えこんだ後、
「信じてもいいんだよね・・・?」
まだ少し不安そうな顔でそう言った。
「篠原くんの事・・・信じたい・・・。」
俯きながら消えそうなほど小さな声で、呟くように言った彼女を
俺は黙ったまま抱き寄せた。
そのままもう一度抱きしめて、耳元に囁く。
「俺の事、信じろよ・・・。」
彼女は黙ったままゆっくりと俺の背中に手を回してきた。
言葉のかわりに。
俺は彼女の顎に手をかけて顔を上へ向かせ、そっと唇を重ねた・・・。
言葉のかわりに・・・。
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