決心 −右隣特別番外編・1−
・・・やられた・・・。
俺は市役所のカウンターの前でがっくりと肩を落とした・・・。
退院して半年。
俺と結子は隣同士だったアパートを出て、
二人で暮らせる広さのマンションへ新しく移った。
そして、今日・・・市役所に二人で移転届けを出しに来た。
・・・で、結子の住民票を見て俺はショックを受けた。
なぜって・・・
結子の誕生日・・・
とっくに過ぎていたなんて・・・っ!
最近、ずっと俺が気になっていたこと。
それは、結子の誕生日がいつだったか。
まだ記憶が完全に戻っていない俺は、
よりにもよって結子の誕生日を忘れていた。
その事に気が付いたのは、3ヶ月前の俺の誕生日。
8月27日。
その日、珍しく結子が仕事帰りに外で待ち合わせをしようと言った。
不思議に思いながらも俺は結子が指定した店に行った。
そして俺はそこで初めてその日が自分の誕生日だった事を思い出した。
俺は・・・自分の誕生日すら忘れていたのだ・・・。
・・・で、そういえば結子の誕生日はいつだったっけ・・・?
と、俺は思ったワケだ・・・。
それから3ヶ月・・・
俺はずっと結子の誕生日が思い出せなくて悶々としていた。
別に本人にさらっと聞いてしまえば済むことなのかもしれない。
でも、俺はちゃんと自分で思い出したかった。
けど・・・
結子の誕生日はあっさりとわかった。
目の前にある住民票で・・・。
7月20日。
俺の誕生日の約一ヶ月前だったなんて・・・。
・・・俺って・・・サイテー・・・。
「陸?」
結子の呼ぶ声で俺はハッとした。
「大丈夫?気分悪い?」
「・・・あ、いや、平気・・・。」
心配そうに顔を覗き込んでいた結子に俺は笑って見せた。
まさか、彼女の誕生日を知ってショックを受けてました・・・
なんて、そんなカッコ悪い事言えないよな・・・。
結子と新しい部屋で新しい生活・・・。
ホントは嬉しいはずなのに、新居に帰ってからも
俺はまだショックから立ち直れないでいた。
ソファーの背もたれに全体重を預けるように座って、
目を閉じるとため息が出た。
記憶がない・・・それは、俺が思っていたより結構大変な事だった。
最初は結子の言うとおり、徐々に思い出していけばいい・・・
そう思っていた。
幸い、仕事に関する事はほとんど憶えていたし、
忘れていたとしても実際、思い出すのも新たに覚えなおすにも
たいして苦労はしなかった。
だけど・・・一番大切な人の誕生日を忘れたまま思い出す事も出来ず、
住民票を見るまでわからなかった。
しかも・・・誕生日がとっくに過ぎてたって言うオチ。
結子はこんな俺と一緒にいて楽しいのかな?
嫌じゃないのかな?
「疲れた?」
結子の声がして閉じていた目を開けると、
コーヒーが入ったマグカップを俺に手渡しながら
結子は隣に腰掛けた。
「・・・。」
結子はこんな俺と一緒にいて疲れないのかな?
「・・・結子は?疲れてない?」
「うん、全然。」
結子はそう言って俺ににっこりと笑顔を向けた。
「今日は引越し祝いを兼ねて陸の好きなすき焼きにしようか。」
「うん・・・。」
結子は俺の好きな食べ物も嫌いな食べ物もしっかり憶えていた。
けど・・・俺は、結子の好きな食べ物が何だったか、
嫌いな食べ物が何だったかさえ、再び付き合うようになってから思い出した。
そんな俺に結子はいつもニコニコ笑ってくれていた。
怒るわけでもなく、拗ねるわけでもなく・・・ただ笑っていた。
看護師なんだからそんなの当たり前・・・と言うかもしれない。
だって、結子は毎日俺よりももっと大変な患者と接している訳だから。
それでも、俺にとって結子は看護師の前に“恋人”なわけで。
だから余計に俺は“結子の全て”を未だに思い出せていない事が
腹立たしく感じてしまう。
いつか・・・全てを思い出せる時が来るのだろうか・・・?
何もかも・・・じゃなくても、せめて“結子の全て”は思い出したい。
どんな些細なことでも・・・。
「結子・・・。」
「うん?」
俺が名前を呼ぶと結子はいつも柔らかい笑みを返してくれる。
どんなに不安に思っていても、その笑顔で俺は随分救われている。
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