漆黒の翼 -4-
―――それから一ヶ月程が過ぎたある日。
ランディール王はラーサーと数人の騎士を共に連れ、
森へ狩りに来ていた。
「国王様、あまり奥まで行かれますと危険です。」
いつもはそんなに奥まで行かないランディール王が
今日は珍しくどんどん森の奥へ奥へと入って行っている。
その為、一人の騎士がそう進言した。
「今日はラーサーも居る。大丈夫じゃ。」
ランディール王は腕の立つラーサーに絶対の信頼を寄せていた。
そしてラーサーもまた、日々の鍛錬を怠らず、
どんな時もランディール王を守り、期待に応えていた。
やがて小さな泉が目の前に現れた。
そこは碧く澄んだ水が湧き出ていて、色とりどりの花が咲いていた。
ランディール王一行は、そこで休憩をする事にした。
「この森にもこんなところがあったんだな。」
「いつもアントレア皇国との行き来に通っている森なのに
まったく気がつかなかったな。」
「まぁ、こんな奥にあるのでは無理もあるまい。」
ラーサーと騎士達がそんな会話をしていると、
さらに森の奥の方から、泉に向かってくる人影が見えた。
「・・・ん?こんなところに・・・人?」
その人影を見つけた騎士達は少し身構え、警戒した。
しかし、段々と近づいてくる人影にラーサーはハッとした。
「ユウリ・・・ッ!?」
水桶を片手に持ち、歩いてきたのはユウリだった。
ユウリは自分の名前を呼ばれ、辺りを見回すとすぐに
ラーサーの姿を見つけた。
「ラ、ラーサー様・・・!?」
「ラーサー様、お知り合いですか?」
隣にいる騎士・レイモンがユウリに視線を移した後、
ラーサーの方に視線を戻しながら言った。
「あぁ・・・ちょっと・・・な。」
ラーサーはレイモンに視線を移す事無く答えた。
「・・・こんな森の中に女の子が来るなんて・・・驚いたな。
それに・・・君、一人で来たのか?」
レイモンはユウリの姿をまじまじと見つめた。
「あ・・・はい・・・。」
ユウリはレイモンの視線に居心地が悪そうに答えた。
「・・・もしやラーサー、この間お前が森で狼から
救ったというのはこの娘か?」
ランディール王はラーサーにニヤリとしてみせた。
「はい、そうです。」
ラーサーはランディール王にそう答えると、
「ユウリ、こちらに居られるのはランディール国王様だよ。」
とユウリに言った。
「えっ!?・・・そ、それは、大変失礼を致しました。
あの・・・ユウリ=マーシェリーと申します。」
ラーサーからランディール王を紹介されたユウリは
慌てて王の前に跪き、挨拶をした。
「ユウリか・・・よい名だな。あの時の足の傷はもう治ったのか?」
「はい、ラーサー様にもいろいろと良くして頂き、
おかげ様ですっかり良くなりました。」
「そうか、また何か困ったことがあればいつでも城の方に
相談に来るがよい。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところでユウリ、水を汲みに来たのか?」
ユウリがこの森で暮らしている事を知っているラーサーは
なぜここへ来たのかだいたい予想ができた。
「はい。」
ユウリは少しだけ微笑み、ラーサーを見上げた。
「それなら、ラーサー。手伝ってやりなさい。」
ランディール王がラーサーにそう言うと、
「はい。」とラーサーはすぐに答えた。
まるでランディール王がそう言い出すことがわかっていたかのようだ。
「あ、あの・・・そこまでして頂かなくても、
一人で大丈夫ですから・・・。」
ユウリは慌てて言ったが、目の前にはすでに
ラーサーが手を差し伸べていた。
「・・・。」
ユウリは仕方なく、ラーサーの大きな掌の上に
自分の手を重ね、静かに立ち上がった。
結局、ユウリは丸太小屋までラーサーに送ってもらうことになった。
「・・・申し訳ありません。」
水桶を軽々と持ちながら隣を歩くラーサーに
ユウリは少し俯いて申し訳なさそうに言った。
「気にする必要はない。」
ラーサーはユウリに視線を移し、優しく微笑んだ。
「・・・でも、びっくりしました・・・まさか
ラーサー様と国王様が泉にいらっしゃるなんて
思わなかったから・・・。」
「国王様は時々、この森に狩りをしに来られるんだよ。」
「そうだったんですか・・・全然知りませんでした。」
「いつもはもっと森の入口に近いところでやるんだが、
今日はなぜか国王様が奥に行かれて・・・で、泉があったから
休んでいたところだったんだ。」
「そうですか。・・・国王様も・・・お優しい方なんですね。」
「あぁ、国王様はどんな者にもお優しい・・・
俺のような下の者にも・・・動物にだって。
今日も狩りに来ていると言っても、ほとんど散歩しに
来ているようなものなんだ。」
「キツネやウサギなどは狩らないのですか?」
「あぁ、狩るとすれば狼くらいだな。
人間に害がない動物は狩らないんだ。」
「どうりで・・・動物を狩った痕がないわけですね。」
ユウリはクスクスと笑った。
泉から丸太小屋まではあっという間だった。
「ありがとうございました。」
ユウリはラーサーから水桶を受け取るとぺこりと頭を下げ、
「・・・あの、ラーサー様。お渡ししたい物があるのですが・・・。」
と、思い切ったように切り出した。
「・・・ん?」
ユウリは引き出しの奥に大事にしまっていた物を出し、
「以前、助けて頂いた時のスカーフが血で汚れてしまったので・・・
代わりに・・・これを受け取って頂けますか・・・?」
と、ラーサーの前にリボンがかかった平たい小箱を差し出した。
ラーサーはその小箱を受け取り、
「開けても・・・いいか?」
と聞き、ユウリが小さな声で「はい。」と答えると
そっとリボンを外して小箱を開けた。
「何度か洗濯してみたのですが・・・どうしても血の痕が
きれいに落ちなくて・・・お嫌でなければ使ってください。」
ユウリは数日前、城下町へ行った際、ラーサーに助けてもらったお礼も兼ねて
自分の血で汚れてしまったスカーフの代わりに新しいスカーフを買っていたのだった。
「あのスカーフは返さなくていいと言ったのに・・・
返って気を使わせてしまったな・・・すまない。」
「いえ・・・そんな・・・。」
「ありがとう・・・大事に使わせてもらうよ。」
ラーサーはユウリに柔らかい笑みを向けると
「それじゃ、また。」
・・・と、泉へと戻っていった。
・・・“また。”
(また・・・会えるかな・・・?)
ユウリはラーサーの言葉が心の中に残っていた。
―――日没前。
狩りを終えたランディール王一行は馬で城へと戻っていた。
「なかなか可愛い娘じゃないか。」
森から出たところでランディール王がラーサーに言った。
「は・・・ぁ・・・?」
ラーサーはなんの事を言ったのかわからず、
ランディール王に視線を向けながら首を傾げた。
「あのユウリとか言う娘の事だ。」
「あ・・・ユウリ・・・ですか・・・。」
「送っていった後、もっとゆっくりして来てもよかったんだぞ?」
ランディール王は悪戯っぽい目でニヤッと笑った。
「な、何を仰せに・・・っ!?」
ラーサーは少し顔を赤くしながら慌てた。
「あの娘は森に一人で住んでいるのか?」
「・・・はい、以前はアントレア皇国の城下町にいたらしいんですが、
両親を亡くしてからはあの森に一人で住んでいるそうです。」
「ふむ・・・。」
「わざわざあんな森の奥に住んでいるくらいですから、
何かもっと他に理由がありそうな気もしますが、
それ以上は私も聞いておりません。」
「そうか・・・。」
ランディール王はそう言って何か少し考えを巡らせた。
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