X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・41−

 

 

――翌朝。

俺達はいつもより早めに登校して第一スタジオに篭って、昨日のうちに選曲した曲の

アレンジの練り直しに掛かった。

 

そして、時間が経つのも忘れて没頭していると――、

 

「や、やばい……」

ドラムを叩いている愛莉の動きが止まった。

 

「ど、どうしたっ、愛莉っ?」

 

「お、おなかが……」

 

「おなか? おなかが痛いのかっ?」

慌てて愛莉に駆け寄る。

 

「「大丈夫っ?」」

千草と美希も慌て出す。

 

しかし……、

 

「おなか空いたっ! もぉ駄目ぇ〜っ!」

愛莉の口から出て来た言葉は空腹の限界を告げるものだった。

 

「「「えぇっ!?」」」

気が付けばもう昼の一時。

愛莉がペコ死にしそうな声を出したのも納得が出来た。

だって、俺達も家で軽く朝飯を食って来てそれからずっと集中してやっていたから燃料切れで

今にも腹の虫が騒ぎ出しそうだった。

 

「なんか適当に買って来るか」

そう言ってギタースタンドにギターを置き、スタジオからサブに移動したところで――、

「みんなー、おなか空いてないー?」

美穂とシンが乱入して来た。

 

「お?」

よく見るとシンが両手に荷物を持っている。

 

「お茶とタコライスの出前」

そう言うとシンはサブのソファーセットのテーブルに二つの袋を置いた。

 

「私とシンからの差し入れ♪」

 

「おぉっ! 救いの神だっ!」

愛莉はさっそくソファに座って袋の中からお茶とどこかのクラスの模擬店でやっている

タコライスを出してテーブルに並べ始めた。

 

「メール送っても全然返って来ないからきっと根詰めてやってるんじゃないかと思って」

美穂は苦笑いしながら言った。

 

「え、メール送ってた?」

みんな一斉にサブに放置してあったカバンから携帯を取り出す。

すると、確かにグループ送信で美穂からメールが送られて来ていた。

 

−−−−−−−−−−

みんな、お昼はちゃんと食べた?

 

美穂

−−−−−−−−−−

 

朝から休憩なしでやっていたから誰も気が付かなかったのだ。

 

「ありがと、助かるよ」

作りたての暖かいタコライスのフタを開けながら言うと、

「ううん、私が怪我した所為でみんなに迷惑掛けちゃったんだもん」

美穂は申し訳なさそうに言った。

 

「美穂が気にする事はないよ」

リーダーの千草は柔らかい笑みで言う。

 

「そうそう」

愛莉は言いながら既にタコライスを口に運び、美味しそうな顔で言った。

 

「本番までに間に合いそう?」

腹ペコモンスターの如く、バクバクとタコライスを掻き込む俺達に美穂が心配そうに言った。

 

「うん、なんとかなりそう」

本当はまだ不安なのが一曲あった。

しかし、ここで『微妙かも』なんて言いたくなかった。

他のメンバーも同じなのか黙っている。

 

「美穂は怪我を治す事だけを考えてればいいよ。何も心配しなくていい」

 

「でも、喉には気を遣えよ?」

そう言って、少しばかり強がりを言った俺にシンが小さなコンビニ袋を差し出した。

 

(なんだろ?)

とりあえずその袋を受け取る。

 

「お、飴?」

袋を覗いて中身を出してみる。

すると、それは蜂蜜入りの喉飴だった。

 

「朝からずっと歌ってるんだろ? 本番でどっちらけな声にならないようにな」

 

「さんきゅ、助かるよ」

実は俺自身もそれが心配だった。

練習が終わったらコンビニで喉飴でも買って来ようと思っていたのだが、なんだかんだと往復で二十分くらい掛かるし、

そんな暇があるなら少しでも音合わせをしておきたかったからシンの心遣いが物凄く嬉しかった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「ところで、バンド名はどうするの?」

本番直前、シンから貰った喉飴を舐めながらアレンジの確認がてら部室でギターを弾いていると、美希が口を開いた。

 

「『Sem nome』でいこうと思ってるんだ」

 

「どんな意味?」

聞き覚えのない言葉に千草が首を捻る。

 

「“名無し”って意味」

 

「それって何語?」

愛莉はスティックをくるくる指で回しながら俺の方に顔を向けた。

 

「ポルトガル語、昨夜ちょっと調べたんだ。なんか捻りが欲しくて」

 

「詩音て、そういうトコあるよねー?」

「うんうん」

「そういう男ってさ、きっと恋愛も一筋縄じゃいかないんだよ」

「「あー、なんかそれわかるぅーっ」」

時に女子の会話は実に面白い。

何を根拠に言ったのかよくわからない美希の言葉に千草と愛莉が大きく頷く。

いつもなら更にここで美穂の笑い声が加わっているはずだが、それが聞こえて来ない事で

物足りなさと言うか、少し静かに感じる。

 

(一人欠けてるだけなのに、こんなにも寂しく感じるなんて……。

 学園祭が終わったら今度は一気に三人欠けるんだよなぁー。耐えられるのか? 俺……)

愛莉と千草と美希の三人が受験で部活に出なくなれば当分は俺と美穂だけで部活に出る事になる。

けれど、その美穂も怪我で安静が必要だから実質俺一人での活動だ。

 

(う……なんかそう考えると急激に寂しくなってきたぞっ)

 

「詩音、どうしたの?」

そんな俺に愛莉が声を掛けてきた。

 

「なんか娘を嫁に出した後の父親の哀愁みたいなのが背中に滲み出てたけど」

 

「父親って……」

 

 

それから間もなくして、俺達『Sem nome』の出番になり、“父親気分”を若干引き摺りつつ

ステージ裏に向かった。

 

「今日は美穂の分まで頑張ろうねっ!」

いつものように円陣を組んで千草が中央に手を翳す。

 

「「うんっ!」」

愛莉と美希も手を重ね――、

「おうっ」

俺もその上に手を重ねた。

今は“父親気分”は払拭。

いい意味で美穂に心配掛けない様に頑張らないと――っ。

 

 

暗くなり始めたステージに出てセッティングを始めると、前列にいる客が俺の格好を見てざわつき始めた。

「なんか今日のシオンくん、いつもと違わない?」

「革パンとか珍しいかも」

「てか、詩音くんだけじゃなくてメンバー全員黒ずくめって、今までなかったよね?」

 

そう――、彼女達の言うとおり今日の俺の格好は真っ黒なシャツに黒い革パン。

他のメンバーも黒一色で統一しているのだ。

加えてステージに美穂が現れない事で昨日の騒ぎを知らない子達が首を傾げていた。

 

セッティングが終わり、マイクの前に立つとステージの右側にある校舎の三階・図書室の窓際に美穂とシンの姿が見えた。

二人が姿を現せば途端に人だかりが出来てしまうし、何より安静が必要な美穂が落ち着いてゆっくりステージが観られない。

だから、生徒も一般客もあまり行かない図書室へ行ったのだ。

 

そして、俺のギターから演奏開始。

今回は美穂がいない分、思い切ってポップな要素より重めのロックな感じにした。

それで俺達の衣装も黒一色なのだ。

 

 

ファンの子達も最初は戸惑っていたけれど、二曲目が終わる頃にはいつものように楽しんでいるみたいだった。

 

そうして――、

二曲演奏し終わってのMC、

「『Sem nome』ですっ!」

俺がバンド名を言うと、客席の半部くらいが『……え?』という顔をしていた。

 

「今回は訳あってキーボードの美穂がいない。だから、バンド名も変えた」

事情を知っている子達は俺の言葉を納得するように小さく頷いて聞いていた。

 

「それで、本当はライブもやるつもりはなかった……だけど、そんな俺に今日、このステージに立つ

 “勇気”をくれた女の子がいるんだ」

そう言って、少し後ろの方に立っている佐保に視線を移すと、

俺と目が合った彼女は一瞬だけ驚いたような表情をした。

 

「次の曲は、その女の子へ感謝の気持ちを込めて……」

エレキギターからエレアコに持ち替え、イントロを弾き始める。

それは、俺が作ったオリジナル曲でもなければ元カノへ贈るラブソングでもない某メジャーアーティストの

“ありがとう”を歌った曲。

 

佐保はしばし呆然として聴いていたが、そのうちに嬉しそうな表情に変わっていった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「詩音が突然弾き語りがしたいって言ったの、まさか天宮さんの為だったとはねー?」

俺達のライブが終わって今年のトリ・Tylorの後のセッションまでの間、ステージの裏側でまったりしていると

美希がにやにやした顔で言った。

 

「昨日も理由を訊いた時、しどろもどろで答えてたから何かあるとは思ってたけど」

千草もクスクス笑っている。

 

「……」

だが、愛莉は笑っていなかった。

と言うか、寧ろムッとさえしている。

 

(やっぱ、俺の独断でやっちゃったのがマズかったよなぁー)

「……ごめん、今回だけだから」

 

「あら、別にあたし達は怒ってる訳じゃないんだよ?」

「そうそう、私達だって今後もしかしたらそういう事があるかもしれないんだし」

千草と美希はそう言うが現に愛莉が無反応じゃんかよ。

 

「そりゃあ“愛してる”とかそういう歌だったら、ちょっと引くけど詩音は“ありがとう”を伝えたかったんでしょ?」

美希が苦笑いしながら言う。

 

「うん」

(それでも、やっぱ愛莉が嫌がりそうな気がしたから素直に言えなかったんだよなー)

昨日、佐保が切欠で再びライブをやる気になった事になんとなくだけど愛莉が怒っている様子だった。

俺の中では決して“元カノに言われたから”じゃない。

けど、愛莉はどうも誤解しているみたいだった。

だから『佐保の為に歌いたい』と言えなかったのだ。

ライブが終わった後なら愛莉やみんなに怒られても謝るつもりだった。

 

(……て、そもそもなんで愛莉は怒ってんだ? だいたい考えてみりゃ、元カノだろうが誰だろうが

 ライブをやる事になったんだから普通は喜ぶだろっ? つーか、なんで俺、愛莉の事を気にしてんだよっ?

 あー、もうっ! 訳わかんねぇっ!)

 

「「詩音、何、一人百面相してんの?」」

 

「えっ!?」

ハッと気が付くと千草と美希が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「俺……今、そんなに変な顔してた?」

 

「うん、してたしてた♪」

「傍から見てたらすっごく面白かったよ♪」

二人はステージ裏という事で笑い声を押し殺している。

俺の表情の変化がそんなに可笑しかったのだろうか。

 

ふと、愛莉の方に視線をやるとドラムスティックを指で回して遊んでいた。

彼女はよくこんな風にスティックを回して遊んでいる。

しかし、今日はいつもみたいに楽しそうという訳でもなく、“ただ回しているだけ”という感じだった――。

 

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