ブルースター −1−

 

 

日本に帰国して3日。

 

「この辺もあまり変わっていないな・・・。」

俺・広瀬優二(ひろせゆうじ)は、つい先日まで仕事でアメリカに行っていた。

 

仕事が早く終わり、まだ荷解きも完全に終わっていない

自分の部屋へと車で帰っている途中、

フロントガラス越しに見える景色が少し懐かしい。

 

目の前の信号が赤に変わって横断歩道の手前で止まると、

前方からこっちに向かって歩道を歩いている女性の姿が

ふっと、視界に入ってきた。

 

・・・ナル・・・?

いや、まさかな。

 

俺はその女性の姿と、昔密かに想っていた女の子の姿を重ねた。

 

・・・あれから、もう4年も経つのに・・・。

 

だけど、知らず知らずの内に俺はその女性の姿を目で追っていた。

そして段々と近づいてくるその姿に自分の目を疑った。

 

・・・っ!?

 

「ナルッ!?」

気がつくと俺は車を降りてその女性に声を掛けていた。

 

俺の声に少しだけピクリと反応をし、立ち止まったその女性は

ゆっくりと顔をあげた。

 

「広瀬先輩・・・?」

あの頃と変わらない・・・いや、少しだけ女っぽくなったナルの声。

 

「やっぱり・・・ナルだ。」

俺は思わず嬉しくて笑みがこぼれた。

 

ナルが目の前にいる・・・。

 

ずっと会いたかった人・・・千秋愛美(ちあきなるみ)が・・・。

 

「ホ、ホントに広瀬先輩・・・?」

ナルはまだ俺が目の前にいる事が信じられないのか

驚いた顔のままだ。

 

「うん!俺だよ。」

その言葉にナルはやっと笑顔を見せてくれた。

 

あの頃と変わらない笑顔・・・

だけど、4年前よりもずっと綺麗になっていた。

 

「・・・先輩っ!」

その笑顔に思わず俺が見惚れていると、いきなりナルが抱きついてきた。

 

「・・・えっ・・・ちょ・・・ナルッ!?」

 

予想外だ・・・。

 

 

パッパァーーーーッ!!!

 

突然、クラクションの音が鳴り響いた。

 

あ・・・

車、放置したままだった。

 

すでに車道の信号は青に変わり、俺の車の後ろにいる車が

クラクションを鳴らしていた。

 

「ナル、乗って。」

俺はナルの手を引き、助手席のドアを開けた。

 

「え・・・先輩・・・?」

「いいから、早く!」

「あ・・・はい。」

 

戸惑っているナルを促し、助手席に乗ったのを確認して

俺はアクセルを踏み込んだ。

 

 

「・・・あ、ところでナル・・・どこかへ向かってる途中だった?」

とりあえずナルを半ば強引に車に乗せたはいいけど・・・

何か予定があったんじゃないかと思い直した。

 

「いえ、そんな事ないですよ?」

ナルはすぐにそう答えるとにっこりと笑った。

 

それはまたラッキー。

 

ナルに何も予定がなかった事に俺は少しホッとした。

だって・・・せっかくこうして会えたのに、

すぐにまたさよならなんてしたくなかったから。

 

「じゃ、せっかくだからこのままメシでもどう?」

「はい!」

嬉しそうに返事をしたナルが俺的には少し意外だった。

 

「ナル、何が食べたい?」

「んー・・・先輩は?」

「こっちが聞いてんのに質問返しかよっ。」

「えー、だって特にコレってゆーのが思い浮かばないんですもん。」

「ははは、じゃー・・・和食は?」

「はい、全然OKです!」

「んじゃ、決まり!」

俺は瞬時に“脳内飲食店リスト”から特にお気に入りの店をチョイスして、

ハンドルをきった。

 

 

「うわぁ・・・きれい・・・。」

目の前に並べられた料理を見るなり、彼女は感嘆の声を漏らした。

高級料亭・・・とまではいかないけど気軽に立ち寄れる値段で

わりと本格的な和食を出す店。

それでいて堅苦しくない雰囲気が気に入っている店にナルを連れてきた。

 

「なんか食べるのもったいないですねー。」

「そんな事言って結局、全部ぺろりと食べちゃうんだろ?」

「えへへ、そうですけどー。」

少し照れたように笑ったナルを見ているとまるで4年前に戻ったような気がした。

 

「じゃ、まずは乾杯。」

お互いグラスを傾けて“予期せぬ嬉しい再会”を祝った。

でもグラスの中身はノンアルコール・・・俺は車だし、

ナルもあまり酒は飲めないから。

・・・というワケで、ウーロン茶で乾杯した。

 

「ナルは相変わらず酒弱いのか?」

「さすがに大学の頃よりは強くなりましたよ?」

「じゃ、今度は飲みに行こう。」

「はい。」

ナルはにっこり笑いながら、意外とすんなり返事をした。

俺的には結構勇気を出して言った一言だったんだけどなー。

でもまぁ、これで一応、次回の伏線をさりげなく張ることができたな。

 

「先輩、お仕事何してるんですか?」

「一応、建築士。」

「わぁー、じゃ夢が叶ったんですね!」

「とはいえ、まだ見習いだけどな。」

「それでもすごいですよー。」

俺は大学の時、建築学科だった。

将来は建築士になりたいとナルに話した事があったっけ。

ナルはそれを憶えていてくれたのか。

 

「ナルは?どんな仕事してるの?」

「私はフツーにOLです。」

「事務系?」

「はい、営業事務です・・・というか、営業のサポートみたいな感じです。」

「へぇー。」

「先輩とさっきばったり会った所の近くに会社があるんですよ。」

「そうなのか?じゃ、俺の職場からも近いな。」

「えっ!?先輩もあの近くなんですか?」

「うん、あの辺に『今井建築事務所』って、あるの知らない?」

「あ、知ってます。有名な一級建築士の方の事務所ですよね?」

「うん、俺の先生。今、あそこで修行中なんだ。」

「えー!全然知らなかった・・・そんな近くにいたのに

 今まで会わなかったのが不思議ですねー。」

「あー、俺は事務所に入ってすぐアメリカに行ってたからなぁー。」

「アメリカ・・・?」

「うん、今井先生は世界で活躍している人だからね。つい3日前まで

 俺も先生に付いてアメリカに行ってたんだよ。」

「そうだったんですかー。あ・・・だから今日、和食にしたんですね?」

ナルはにやりと笑った。

 

 

それから俺達は大学時代の思い出話に花を咲かせた。

俺とナルは学部は違っていたけれど同じ野球部にいた。

俺は小さい頃から野球が好きだったし、小学校の頃リトルリーグにも入っていた。

ナルも女の子にしては珍しく野球好きで、マネージャーとして野球部にいた。

 

いつも明るく笑いながら俺達部員のサポートをしてくれる彼女に

いつしか俺は惹かれていった。

 

だけど、どうしても想いを告げる事ができなかった・・・。

 

ナルとの関係を壊したくなかったから・・・。

 

“先輩と後輩”・・・特別な関係でもなかったけど、

なんだかんだとよく一緒に遊んだりもしていた。

二人きりになる事もなくて、いつも部員のみんなと一緒だったけど

それでもよかった・・・ナルと一緒にいられたから。

 

壊れるくらいならこのままの方がいい・・・。

 

そして、そのまま俺は卒業、就職とほぼ同時にアメリカに行く事が決まった。

 

アメリカへは最低でも3年は行く事になるだろうと言われていた俺は

彼女への想いを断ち切ることに決めた。

もし、告白してうまくいったとしても・・・いきなり3年間・・・

いや、もしかしたらそれ以上になるかもしれないけど待っててくれなんて

言えなかったからだ。

 

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