ブルースター −2−

 

 

「愛美、おはよう!」

次の日、朝。

駅の改札を出たところで会社の同僚・塚田智子と一緒になった。

 

「おはよう。」

「昨日はちゃんと早く寝たみたいね?スッキリした顔してる。」

「そぉ?」

「うん、全然顔つきが違うよ。」

 

それはきっと先輩に会えたから。

 

昨夜、また今度飲みに行こうと先輩が言ってくれて、

携帯番号とメアドを教えてもらった。

それに名刺も。

寝る前、先輩に食事をご馳走になったお礼を兼ねて

おやすみなさいとメールをしたらすぐにメールが返ってきた。

 

そのおかげで昨日、恋人・・・もとい、元恋人の日高康成さんと

あんな事があって別れたばかりなのに私は朝からご機嫌だった。

 

「なんかいい事あったの?」

「うん、まぁね。」

「やっぱり?愛美はそーゆーのすぐ顔に出るからわかる。」

 

私、今どんな顔してんの?

 

 

会社に着いて更衣室に入ると、佐伯さんがいた。

 

あ・・・

 

佐伯千鶴。

私の1年後に入社した受付嬢の女の子だ。

 

「おはようございます。」

私は目一杯平静を装って笑顔で挨拶をした。

 

「・・・あ・・・、おはようございます。」

佐伯さんは少し小さな声で言った。

でも、私とは目を合わせようとしていない。

 

“罪悪感?”

 

二人の間にビミョーな空気が流れた・・・。

 

 

「なんかあったの?」

佐伯さんが更衣室を出た後、智子が不思議そうな顔をしながら聞いてきた。

 

まぁ・・・直接じゃないけどね・・・。

 

「ううん、別になんにも。」

私は笑って答えた。

それでも智子はどこか納得のいかない顔をしていたけれど・・・。

 

 

うちの会社は建築資材を扱っている会社で、日本でも大手企業。

私はそこの営業部で営業事務をしている。

事務・・・と言っても、実際には部署の中の“なんでも屋”みたいな感じ。

伝票入力や見積もり、データ管理からお茶汲みまで・・・

時には接待に借り出される事もある。

そーゆー時はだいたい“お酌係り”だけど。

 

ちなみに智子の彼氏・矢野純一さんも私と同じ営業部で

智子と私の元彼・康成さんは総務部。

康成さんは矢野さんと同期入社で仲もいい。

だからよく私と康成さん、智子と矢野さんの4人で

ダブルデートをしたり飲みにも行っていた。

私と康成さんが別れたって言ったら二人はなんて言うかな・・・?

 

 

部署に行くとすでに矢野さんが来ていた。

 

「おはよう、愛美ちゃん。」

矢野さんは今日も朝からご機嫌だ。

 

「おはようございます。」

「愛美ちゃん、昨日なんかいい事あったの?」

矢野さんは智子と同じ事を聞いてきた。

 

私、そんなに顔に出てるのかな?

 

「そんなににやけた顔してます?」

「んー、にやけてるって言うか・・・“いい事がありました。”って

 顔に書いてある感じ。」

 

どんな顔・・・?

 

「昨日、日高とデートでもしたの?」

矢野さんは周りに聞こえないように小声で言った。

私と康成さんが付き合っている・・・もといもとい・・・

付き合っていた事は社内には秘密にしていたからだ。

知っているのは矢野さんと智子だけ。

・・・と、後は佐伯さん・・・かな。

 

「・・・。」

・・・ていうか別れました。

 

「ラブラブだねっ。」

私が何も答えないでいると、図星だと思ったのか

矢野さんはにやりと笑った。

 

ホントはその逆なんですよぉー?

 

二人にもそのうちちゃんと言わないとな・・・

いろいろ気も使ってくれてたし。

 

 

お昼休み、いつものように屋上に行って青い空の下で

智子と一緒にランチタイム。

 

「ねぇ、愛美、日高さんなんかあったの?」

お弁当を食べ終わった頃、智子が突然不思議そうに聞いてきた。

 

「なんで?」

「なんか朝からずっと様子がおかしいのよねぇ・・・。」

「どんな風に?」

「んー、考え事してるみたいな感じだったり、凡ミス連発したり・・・。」

「ふーん。」

 

それは確かにおかしい。

康成さんは社内でも“仕事ができる人”で通っている。

だから普段なら絶対に凡ミスなんて有り得ないし、

仕事中、考え事なんて事もしない。

 

子供の名前でも考えてるんじゃない?

 

「“ふーん。”て、冷たいわねー?」

 

だって、私にはもう関係ないもん・・・。

 

「ケンカでもしたの?」

 

ケンカどころか別れたんだけどね・・・。

 

「・・・て、それなら愛美が朝から浮かれてないしねー?」

 

浮かれてって・・・

まぁ・・・実際、浮かれてるんだろうけど。

 

「・・・智子・・・あのね・・・。」

「ん?」

「私・・・康成さんと別れたの。」

 

「・・・えっ!?」

智子は私の口から思ってみなかった言葉が出たからか

反応するのに少し間があった。

 

「別れたって・・・なんでよ・・・?」

 

「まぁ・・・いろいろと?」

私は曖昧に答えた。

お昼休みの今はゆっくり話せないから・・・と言うのもあるけれど、

すんなり別れたとは言え二股かけられてた事実と、そして子供が出来たことで

捨てられたという事実を昨日の今日で口にするのはちょっと辛い。

 

「今度ゆっくり話すよ。」

 

「・・・うん。」

私があまり話したがっていないのを察してか、

智子はそれ以上何も聞いてこなかった。

 

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