ブルースター −4−

 

 

「・・・ナル・・・。」

先輩はもう一度、私の名前を呼ぶと大きくて暖かい手で

私の頬を包み込んだ。

そして何か言いたそうな顔をしている。

 

それがなんだかとても切なくて苦しそうで・・・。

 

「先輩・・・?」

 

どうして・・・そんな顔してるの?

 

 

少し長い沈黙の後、先輩は少しだけ息を吸い込んで思い切ったように口を開いた。

「・・・ナル・・・ナルはまださっきのヤツの事・・・好きなのか?」

 

「いえ・・・今はもう・・・そんな事ないですよ。」

 

さっきはちょっと動揺しちゃったけど・・・。

 

「そりゃ、さすがにまだ笑って康成さ・・・さっきの彼とは

 話せませんけど・・・。」

 

「・・・どうして別れたの?」

今日の先輩はなんだかヘンだ。

いつもなら絶対にこんな踏み込んだ事、聞いてこないのに・・・。

 

「・・・二股かけられてたんです。」

 

「もしかして・・・さっきいた女と?」

 

「・・・はい。それで・・・その子が妊娠しちゃったみたいで・・・

 結局、私・・・捨てられちゃっ・・・」

私が全部言い終わらないうちに先輩は力強く私を抱きしめた。

 

「ごめん・・・辛い事話させて・・・。」

先輩は別れた理由を聞いたことを後悔するように言った。

 

私は首を横に振った。

 

「私・・・今は別れてよかったって思ってるんです。

 彼にフラれてから、なんか一気に冷めちゃって・・・

 それに、あの子の方が私よりずっとお似合いだったし・・・。」

 

「ナル・・・。」

 

「多分・・・子供ができてなくても・・・きっと私・・・」

「そんな事ない。」

先輩は少し強い口調で言った。

 

「俺なら・・・ナルの方がいい。」

 

そんな事言ってくれるの・・・先輩だけだよ。

 

「俺なら・・・絶対にナルを選ぶ・・・

 その前に、そもそも・・・二股なんて事もしないけど。」

 

そうだね・・・先輩はそんな事しそうにないもんね。

 

「・・・だから・・・、俺をナルの恋人にして?」

 

え・・・?

私は一瞬、耳を疑った。

 

「大学の時からずっとナルの事が好きだった・・・

 けど、それを口にしたらナルとの関係が壊れる気がして、

 言えなかったんだ・・・。」

 

先輩も私の事を・・・?

 

「卒業してからもずっとナルの事が忘れられなくて・・・

 今でも・・・好きだ。」

 

あの頃からずっと・・・?

 

私はすごくドキドキしていた。

康成さんに告白された時よりももっと・・・ずっと・・・。

 

「ナルがまだ付き合う気になれないなら・・・、

 俺を受け入れてくれる気になるまで待つから・・・。」

 

そんな・・・そこまで・・・

 

気がつけば私は涙を流していた・・・。

 

「・・・ナル?」

先輩が少し驚いて顔を覗き込む。

 

「・・・俺じゃ・・・ダメ?」

 

ちがうよ・・・先輩。

嫌で泣いてるんじゃないよ・・・。

 

嬉しくて涙が溢れて声にならない私は、首を横に振るのが精一杯だった。

先輩は泣き続ける私の背中を優しくあやすように擦ってくれた。

 

 

「・・・嫌で泣いてたんじゃないんです。」

ようやく涙が止まった私は少しだけ先輩に笑って見せた。

 

「・・・?」

先輩はじゃあ、なんで?言った顔をしながら指で涙を拭ってくれた。

 

「先輩が私の事、好きだって言ってくれた事がすごく嬉しくて・・・。」

私がそう言うと頬に触れていた先輩の指が微かに震えた。

 

「私を・・・先輩の恋人にしてくれますか・・・?」

 

「・・・ナル。」

先輩は驚いた顔をした。

 

「告白したと思ったら、告白返し?」

 

「はい。」

 

だって、私も先輩の事好きだったから。

 

それに・・・今でもきっと好きなんだと思う・・・

こんなにドキドキしてるから・・・。

 

「もうっ!」

先輩は悪戯っ子にしてやられたといった感じでギュッと私を抱きしめた。

 

「私も・・・大学の時、先輩の事・・・好きだったんですよ?」

 

「え・・・?」

 

「でも、言えなかったんです。」

 

「どうして?」

 

「私も先輩と同じです。先輩との関係が壊れるのが嫌だったから・・・。」

 

「そっか・・・。」

 

「思い切って告白すればよかったなぁ・・・。」

 

「・・・なら、これから4年分を取り戻せばいいだろ?」

先輩はクスッと笑うと優しく私の唇にキスを落とした。

 

長い、長いキス・・・。

まるで本当に4年分のキスをするみたいに・・・。

 

 

週明け、月曜日。

先輩と付き合う事になって幸せの絶頂にいた私を

“とある事件”が待っていた。

 

HOME
INDEX
BACK
NEXT