ブルースター −3−

 

 

「せっかくの休みの日なのに悪いな。」

「いえいえ。」

 

週末の土曜日。

私は今、先輩の部屋に来ている。

日本に帰ってきてから一週間・・・荷解きがまだ終わっていないらしく、

今日はそのお手伝い。

 

・・・なんだけど・・・

 

来て見てびっくり・・・

 

何がって・・・

 

だって・・・

 

あの夢の中と同じマンションに住んでたから・・・っ!

 

「・・・先輩、ここって広さどれくらいなんですか?」

「4LDK。」

「4・・・!?」

 

広いと思ってたけど・・・やっぱり広い・・・

 

「・・・一人暮らし・・・ですよね?」

「そーだけど?」

先輩はしれっとした顔で言ったけど・・・

 

一人暮らしの広さじゃないでしょ・・・っ!

 

「ホントは2LDKでよかったんだけど、会社から近いトコで

 考えたらココになったんだよ。

 まぁ、大は小を兼ねるってコトで、広くて困る事はないしね。」

 

「はぁ・・・。」

 

それにしたって・・・

 

「あれ・・・?、なんか・・・引いてる?」

ちょっと呆れ顔の私を見て先輩は苦笑いをした。

 

 

お昼過ぎ、まだキッチンがまともに使える状態じゃなかったから、

外で昼食を済ませてその帰りに収納ボックスや足らない食器類を

揃えるためショッピングモールへ寄った。

 

「先輩、こんなに買うものあるんですか?」

先輩が書いた買い物リストを見てまたびっくり。

調理器具はおろか、食器類もほとんど買わないといけなかったから。

 

「・・・一体、どうやって生きてたんですか?」

 

調理器具も食器もない生活って・・・。

 

「いや・・・アリメカにいた時はほとんど外食だったし、

 忙しくて自炊なんてとてもできなかったんだよ。」

「それでよく太りませんでしたね?」

「忙しかったおかげで強制ダイエットになってたみたい。」

「あはは、なんですかそれー?」

 

そんなに忙しかったのかな?

 

「けど、これからは仕事も少し落ち着くし、自炊もしないとな。」

「先輩、料理できるんですか?」

「あっ!バカにしてるだろ?これでも結構、料理はできる方なんだぞ?」

「じゃあ、得意料理は?」

「カレー。」

「・・・無難なモノ言いましたね?」

「バレた?」

「はい、私もこの手の話題の時には必ず“カレー”って言いますから。」

「なんだ、ナルも人の事言えないんじゃないか。」

「私は“自称・三流シェフ”ですからっ。」

「それ、胸張って言う事じゃないだろっ。」

腰に手を当てて胸を張って見せた私のおでこを、

先輩は指でツンと軽く弾いた。

 

 

一通り買い物をし終えて駐車場に向かっている途中、

見覚えのあるシャツを着た男性の姿が目に入った。

 

前方から康成さんと佐伯さんが一緒に腕を組んで歩いてきていた。

 

げげ・・・っ。

 

こんなところで会うなんて・・・、

どこか逃げるところは・・・。

 

「ナル、どうした?」

急にスローダウンし、キョロキョロし始めた私を不審に思ったのか、

先輩は首を傾げた。

 

「愛美?」

 

遅かった・・・。

 

逃げる間もなく、あっさり康成さんに見つかってしまった・・・。

 

「あ・・・こんにちは。」

とりあえず笑顔で言ってみたけれど、きっと引き攣っている。

 

佐伯さんは私の顔を見た後、隣にいる先輩を見て眉を顰めた。

康成さんもあまり顔に出てはいないけれど、私が男性といる事に

ちょっと驚いたみたいだった。

 

私は二人が並んでいる姿を見てちょっと胸がズキリとした。

だって・・・あまりにもお似合いだったから・・・。

 

「へぇー、千秋さんも変わり身が早いですねぇ?もう次の人がいるなんて。」

「・・・おい、千鶴。」

 

佐伯さんはどうやら先輩を新しい彼氏だと勘違いしているみたいだ。

 

「だって、そうじゃない?それとも・・・案外、康成さんも

 二股かけられてたんじゃないの?」

 

・・・む。

 

「そんな訳ないだろ?」

否定しようとした私よりも先に口を開いたのは康成さんだった。

 

「愛美はそんな女じゃない。」

声は荒げてはいないものの康成さんは明らかに怒っているのがわかった。

 

「どうして別れた女の事なんて庇うのよ?」

康成さんが私を庇ったのが気に入らないのか

佐伯さんは不機嫌モード全開になった。

 

あらら・・・。

 

「何を勘違いしてるかは知らないけど・・・、俺はただの友達ですよ。」

今度は先輩が口を開いた。

 

「・・・それに、もし俺が彼氏だとしても、

 その彼が言ったようにナルは二股なんかする子じゃないですから。」

そして今度は佐伯さんに少し強い口調で言った。

 

「行こう。」

先輩は私に少しだけ視線を向け、康成さんと佐伯さんに

「失礼。」と言い、歩き出した。

 

私は二人に視線を向ける事無く、先輩の後を追った。

 

 

「・・・先輩、ありがとうございました。」

二人の姿が見えなくなった頃、私が庇ってくれたお礼を言うと、

先輩は黙ったまま私を見つめ、そっと手を握ってくれた。

だけどその目は怒っているみたいだった。

 

私にじゃなくて、あの二人に対して・・・。

 

先輩はそれからずっと無言だった。

・・・帰りの車の中でも。

 

 

先輩の部屋に戻って荷物整理の続きをしていると私の携帯が鳴った。

 

あ・・・この着メロ・・・。

 

康成さんからだ・・・。

 

そういえばまだ康成さん専用の着メロにしたままだった。

忘れてた・・・。

 

「ナル、携帯鳴ってるよ?」

電話に出ようとしない私に先輩が不思議そうに言った。

 

「あ・・・はい・・・。」

 

今さら・・・なんの用?

 

「・・・ナル?」

 

・・・早く切れないかな?

 

 

「・・・もしかして・・・さっきの男から?」

気がつくと先輩が目の前に来ていた。

 

「・・・はい。」

 

「元彼・・・?」

先輩は珍しく直球で聞いてきた。

私は黙ったまま頷いた。

携帯は・・・まだ鳴り続けたままだ。

 

 

「ナル・・・。」

電話が切れてシン・・・と静まり返った部屋に

先輩の声だけが微かに響いた。

 

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