ブルースター −6−

 

 

ナルと再会してから一週間が経った。

そして付き合い始めて4日目の今日・・・6月14日は

ナルの25回目の誕生日だ。

 

昨夜、ナルに電話をして今日の夜、待ち合わせをした。

もちろん、ナルと二人きりでお祝いをする為。

 

・・・な、の、に、だ・・・。

 

「今夜、取引先から急に接待が入ったから広瀬も来い。」

と、今井先生からの無情なその言葉で俺の“二人だけでナルの誕生日会計画”は

見事に夢と散った・・・。

 

なんでよりによって今日なんだ?

せっかく、いろいろ店までリサーチして予約して、

密かにプレゼントも準備してたのに・・・。

 

俺は心の中で“鬼だ!悪魔だ!”だと嘆きながら、

顔も知らないその取引先の奴らを恨んだ。

 

 

―――午後7時。

俺は今井先生と先生の一人娘・澄子ちゃんの三人で、とある料亭に向かっていた。

 

澄子ちゃんは将来、先生の跡を継ぐ予定だ。

その為に大学で建築学科を専攻していて

先生の事務所でもアルバイトをしている。

だから、こうして何かと言うと先生にいろいろと連れまわされている。

ついこの間、20歳になったばかりだからお酒の席にも連れて行けるようになった。

 

料亭に着き、通された座敷に入ると取引先の連中はすでに来ていた。

連中・・・といっても営業部長のその部下の二人。

後からもう一人女性が来るらしいが。

 

挨拶と名刺交換をして俺はその部下の男を見て驚いた。

「矢野!?」

「広瀬っ!?」

その男も俺の顔を見るなり、驚いていた。

 

その男・・・とは、矢野純一。

高校の同級生で俺と同じ野球部だった奴だ。

 

「久しぶりだな、広瀬。」

「おぅ、まさかお前が取引先だったなんて思わなかったよ。」

「俺もまさかお前が今井先生のとこにいるなんて思ってもみなかったよ。」

俺と矢野がそんな会話をしていると、仲居に案内されて、

女性が一人入ってきた。

 

「遅くなってすみません。」

「あ、愛美ちゃん、こっち。」

 

・・・ナルミチャン?

 

俺は矢野の隣に座った女性の顔を見て、また驚いた。

「ナルッ!?」

 

「あっ!先輩!?」

 

ナルだーーーーーっっ!!

 

「愛美ちゃん、広瀬と知り合い?」

「はい、大学の時の先輩なんです。」

 

おいおい・・・今はそれだけじゃないだろ?

・・・て、ここでそんな事言えるワケないか。

 

「矢野さんも広瀬先輩とお知り合いだったんですか?」

「広瀬とは高校の時の同級生で同じ野球部だったんだよ。」

「へぇー、そーなんですかー。」

 

そういえばナルの会社は建築資材を扱ってるって言ってたな。

もしかしたら、取引があるかもしれないと思っていたけど・・・。

矢野がここの営業部という事は、ナルは矢野と同じ部署なのか。

 

今日の接待は堅苦しいものではなく、新しく『今井建築事務所』の担当になった

矢野との顔あわせと俺と澄子ちゃんの紹介を兼ねた親睦会みたいなものだった。

ナルはこういった接待の席にも慣れている様子で、

絶妙のタイミングでみんなにお酌をしていた。

大学の頃は飲み会と言えばみんなテキトーに飲むだけ飲んでいたのに、

そういう姿を見るとあの頃のナルとは違うんだな・・・と思う。

澄子ちゃんは・・・さすがにまだそんな気は回せないみたいだ。

 

 

―――親睦会が終わった帰り、

「愛美ちゃん、送って行くよ。」

・・・と、矢野がナルを送って帰ると言い出した。

 

それはダメだろっ?

 

「あ、いえ、大丈夫ですよー?」

「ダメダメッ!愛美ちゃんを放置して帰ったのがバレたら智子に殺される。」

「でも、矢野さん、逆方向じゃないですかー?」

 

「だったら、俺が送って帰るよ。」

俺はナルと家の方向が同じだしな。

 

「む、それはマズい!」

矢野はそう言うと急に俺の前に立ちはだかった。

 

「何がどうマズいんだよ?」

「“送り狼”になる可能性があるからな?」

矢野はにやりとした。

 

コイツ・・・昔、俺が部活で遅くなった時にマネージャーの女の子を

家まで送ってそれが切欠で付き合う事になったのを思い出したな・・・。

 

「あ・・・矢野さん、大丈夫ですよ?」

「愛美ちゃんはコイツの裏の顔を知らないからそんな事言えるんだよー。」

「裏の顔って・・・。」

「コイツは昔・・・もがっ・・・」

俺は咄嗟に矢野の口を塞いだ。

「矢野・・・余計な事言うなって。」

 

「あ、あの・・・矢野さん、広瀬先輩ならホントに大丈夫ですよ。

 それに、先輩なら同じ方角ですし・・・。」

 

そうそう。

 

「・・・?・・・愛美ちゃん、広瀬の家知ってんの?」

矢野は俺の手を口から引き剥がし、ナルに不思議そうに聞いた。

 

「えっ!?・・・あ・・・っ!・・・え、えーと・・・」

俺は実家を出て、一人暮らし・・・という話まではしたけど

どこに住んでいるとまでは言っていない。

それに気付いた矢野・・・そして慌てるナル・・・。

 

「・・・て・・・愛美ちゃん・・・もしかして、

 昨日言ってた先輩って・・・」

 

「あ・・・えーと・・・はい・・・実は・・・。」

ナルの顔が少し赤くなった。

 

「あ、そーなんだ?そうか、そうか!んじゃ、後は広瀬に任せた!」

矢野はなんだか急に態度をコロッと変えた。

 

・・・なんだ?

なんなんだ、一体?

 

 

―――そして、訳がわからないまま、

俺とナルはタクシーでナルの部屋へと帰った。

 

「私の部屋、先輩のところよりも随分狭いから、

 多分、びっくりすると思いますよ−?」

「どれくらいの広さなの?」

「1LDKです。」

そう言いながらナルは部屋の鍵を開けた。

「先輩、どうぞ。」

「お邪魔しまーす。」

ナルが言っていた通り、部屋は俺のマンションよりも随分狭かった。

だけど、彼女の部屋はあまり物が置かれていない所為か、

窮屈だとは感じなかった。

 

「先輩、飲み物何がいいですか?」

「うーん・・・コーヒー・・・かな?」

「はーい、じゃ、適当に座って待っててください。」

「うん。」

 

 

そして数分後、ナルは熱いコーヒーを俺に出してくれた。

「先輩、コーヒーはブラックでしたよね?」

「うん。」

大学の頃からずっと俺がブラックしか飲まないのを憶えててくれたんだな。

「ナルはいつも甘ーいカフェ・オレだったよな?」

俺がそう言ってにやりと笑うとナルは「えへへ。」と可愛く笑っていた。

 

「しかし、驚いたな・・・まさか接待の席にナルが来るなんて

 思ってもみなかったよ。」

「今日は私も急に“お酌係り”で借り出されたんです。」

「あはは、そーなんだ?・・・けど、そのおかげで会えたからいいけど。」

「そーですね。」

「だけど、なんで矢野の奴、急にナルを俺に任せるとか言い出したんだろうな?」

「あー、それはー・・・。」

少し恥ずかしそうにナルは昨日、矢野に俺との事を話したと説明してくれた。

 

なるほど・・・それでか・・・。

 

あ・・・それよりも・・・

今、何時だ?

 

「あ、先輩、時間大丈夫ですか?」

急に腕時計で時間を確認した俺にナルが言った。

 

まずい、まずい・・・

もう11時だ。

ナルの誕生日が後一時間で終わってしまうじゃないかっ。

 

「ナル、目瞑って。」

「え・・・?」

「早く。」

「あ・・・はい。」

ナルが目を瞑っている隙に俺はカバンの中からプレゼントを出した。

 

「もう開けていいよ。」

俺がそう言うとナルはゆっくりと目を開けた。

そして目の前に置かれたプレゼントが視界に入ると目をパチパチとさせた。

俺はそんなナルの様子が可笑しくてつい吹き出してしまった。

 

「早く開けないと誕生日終わっちゃうぞ?」

 

「へ・・・?、誕生日・・・?」

 

「おいおい・・・自分の誕生日も忘れたのか?」

 

「私の誕生日・・・?・・・あっ!」

 

「ホントに忘れてた?」

 

「・・・ちょっとだけ・・・。」

 

「ウソつけ、すっかり忘れてただろ?」

俺がおでこをツンとつつくとナルはコクンと頷いた。

 

「誕生日おめでとう。」

 

「先輩・・・憶えててくれたんですか・・・?」

 

「当たり前だろ?本気で好きな女の子の誕生日は何年経っても忘れないよ。」

 

そう・・・“本気で好きな女の子”は・・・な。

 

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