ブルースター −7−

 

 

私と広瀬先輩が付き合い始めて二週間が過ぎたある朝、

一通の社内メールが届いた。

別になんて事はない毎月全社員に届くただの社内報のメール。

だから私も何気なくザッと目を通すつもりで開いた。

 

すると、とあるコーナーに康成さんの名前が載っていた。

社員の結婚や出産などおめでたい記事が載っているコーナー。

その中に佐伯さんと婚約したと書かれていた。

二人の幸せそうなツーショットと一緒に載っている。

 

婚約したんだ・・・。

 

私が感慨深くその記事を見ていると隣からものすごい視線を感じた。

「・・・な、なんですか・・・?」

隣に座っている矢野さんがじっと私を見つめていたのだ。

 

「・・・いや、別に・・・。」

そう言ったわりに矢野さんは何か言いたそうな顔をしていた。

おそらく康成さんの記事を見て私がまた傷ついたと思ったんだろう。

 

「私なら全然平気ですよ。」

そう言ってみせても矢野さんは私の顔をじっと見つめている。

「・・・。」

 

“全然平気”・・・その言葉に嘘はない。

だって、別にこの記事を見ても傷ついたりなんてしていないから。

 

ただ・・・“捨てられた”という傷は正直まだ完全には癒えていない。

 

「ホントですって。」

傷は癒えていないけど、私は今、一人じゃない。

 

広瀬先輩がいるから・・・。

 

だから、今こうして矢野さんにも笑顔を向ける事ができる。

私はにっこり笑って見せた。

 

すると、矢野さんも安心したのか、

「・・・うん。」

と言って、少しだけ笑った。

 

 

―――それからさらに2ヶ月が過ぎた週末、土曜日。

ここ最近、週末はずっと先輩の部屋で一緒に過ごしていた。

だけど、今日は自分の部屋に一人でいる。

先輩が休日出勤になってしまったから。

そんなワケで突然暇人になった私は一人、部屋でゴロゴロしていた。

 

暇だなぁ・・・。

 

これといって特に趣味もない私は時間を持て余していた。

大学の時はいつも誰かと一緒に遊んでたり勉強したりしていたし、

就職してからは康成さんと一緒だった。

そして、康成さんと別れたとほぼ同時に先輩と付き合い始めたし。

考えてみれば、今までまともに一人になった事はなかったのかも。

 

だけど休日出勤なんてこれからだってフツーにあるだろうし・・・、

一人の時間の使い方を考えておく事も必要・・・だよね?

 

“一人の時間の使い方”・・・何をすればいいんだろう?

 

私はベッドに寝転んだまま目を閉じて考えた・・・。

 

そして・・・

 

いつの間にか寝てた。

 

 

・・・♪〜♪♯ ♪〜

 

「・・・んぁっ?」

携帯の着メロで私は目が覚めた。

 

・・・あ、先輩だ!

 

広瀬先輩専用の着メロが鳴り響いていた。

 

「もしもしっ。」

『俺・・・なんかしてた?』

私がなかなか電話に出なかったからか、

先輩は少し遠慮がちに言った。

 

「あ・・・いえ、大丈夫です。」

 

・・・実は寝てました。

 

窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。

私は部屋の灯りを点けてベッドに腰掛けた。

時計をみると・・・

 

え・・・っ!?

もう10時!?

 

私・・・どんだけ寝てたの・・・?

 

『明日なんだけどさ・・・』

“浦島太郎状態”の私は先輩の声でハッとした。

 

「あ、はい・・・?」

『明日も仕事でちょっと会えそうにないんだ・・・。』

「そうですか・・・。」

明日も会えないのか・・・。

ホントなら今からでも会いたいと思っていたけど、

明日も仕事なら“会いたい”なんて言えない・・・よね?

それに先輩は仕事帰りできっと疲れているだろうし・・・。

 

『・・・ごめんな。』

電話の向こうから聞こえる先輩の声は少し疲れているようだった。

 

「気にしないでください。」

『・・・うん。』

「今週会えなくても来週があるじゃないですかー。」

『・・・うん、そうだな。』

 

私と先輩はそれから少しだけ話をした。

別になんて事はない話だけど、それでもやっぱり先輩と話していると楽しい。

 

 

電話を切った後、しばらくして先輩からメールが届いた。

毎日届く“おやすみメール”。

付き合い始めてから、先輩は毎日欠かさず送ってくれている。

仕事で遅くなって電話で話せない日があっても朝起きると届いている。

そしていつも私はちょっと幸せな気持ちでメールを返していた。

 

 

―――次の日、日曜日。

お昼過ぎ、天気も良いしずっと部屋の中にいるのも

もったいないのでちょっと街ぶら。

特にこれといって買うものもないけれど。

 

だけど何気なく入ったCDショップでちょっと気になるモノを発見した。

先輩が見たいと言っていた映画のDVD。

ちょうど今日が発売日らしい。

しかも初回生産の特典付き・・・!

先輩は仕事に行ってて買う暇がないだろうし、

なにより人気の映画だから買えなくなる可能性がある。

現に目の前で数人が買って行った。

 

ここは買っとくしかないっ!

 

 

私は自分の部屋に帰る前に先輩の部屋に寄る事にした。

合鍵はすでにもらっている。

きっと多分、まだ仕事から帰ってきていないだろうけれど・・・。

 

先輩・・・部屋に帰って、いきなりこのDVDが置いてあったら

びっくりするかな?

どんな顔するだろ・・・?

 

私は先輩の驚く様子を想像(妄想?)しながら、先輩のマンションに向かった。

 

 

電車を降りて、駅の改札を抜けると雨が降っていた。

 

いつの間に降り始めたんだろう?

電車の窓から見えていたはずなのに妄想してて全然気がつかなかった。

 

先輩のマンションは駅からそんなに離れていない。

だけど、結構などしゃぶり・・・にわか雨のような気もするけれど

とりあえず駅の中にあるコンビニで傘を買った。

 

先輩のマンションに着いた頃、さらに雨は強く降り始めた。

傘を買って正解だったかも。

エレベーターに乗って先輩の部屋がある7階で降りると、

雷まで鳴りだした。

 

嵐でも来るのかな・・・?

でも、天気予報では台風情報なんてなかったし・・・。

 

そんな事を思いながら、私は先輩の部屋の鍵を開けた。

だけどドアノブに手をかけ、開けようとして鍵が閉まっている事に気がついた。

 

・・・あれ?

鍵・・・開いてたのを閉めたのかな・・・?

 

私はもう一度、鍵を回してドアを開けた。

 

やっぱり・・・開いてた?

先輩・・・帰ってるのかな?

 

「先輩・・・?」

とりあえず中に向かって呼びかけてみる。

玄関まで入ったところでシャワーの音が聞こえてきた。

 

お風呂?

やっぱり帰ってるんだ。

 

するとリビングから先輩が顔を出した。

「ナルッ!?」

先輩は私が来たことに驚いたようだ。

 

「あれ・・・?先輩・・・お風呂に入ってるんじゃ・・・」

 

「え・・・?」

先輩は少し青ざめた顔になった。

 

先輩がここにいるという事は・・・

お風呂に入っているのは・・・誰?

 

なんだか嫌な予感がした。

そして、その嫌な予感は的中した。

 

玄関に女の子の靴がある・・・。

もちろん私のじゃない。

 

「・・・。」

 

うそ・・・

 

「ナル・・・」

私になにか言いたそうな顔をして近づいてきた先輩の髪は濡れていた。

お風呂あがりみたいだ。

 

私はそれに気がついた瞬間、咄嗟に先輩の部屋を飛び出した。

 

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