An −第二章・2−

 

 

――翌朝、倖弥が目を覚ますと弟の貴裕が病室に来ていた。

 

「おはよ」

貴裕はベッドの傍に座ってじっと倖弥の顔を見ていた。

 

「おはよう……て、お前学校は?」

 

「今から行くよ。昨夜は俺が病院に戻ってきた時は、アニキまた寝てたから

 結局、話せなかっただろ? だから顔だけでも見て行こうかと思って」

 

「そっか……心配かけて悪かったな」

 

「でも、アニキも超運がいいよねー。屋上から落ちても軽傷で済んでるんだから」

 

「ははは、一生分の運、使い果たしたかな?」

 

「じゃあ、これからは不幸の連続?」

 

「それは嫌過ぎる……」

倖弥はげんなりした顔をした。

 

「大丈夫、そんな事ないって。ところでアニキ、なんで倒れてた時

 制服じゃなくてあんなヘンテコな服着てたの?」

貴裕はプッと噴き出しながら、倖弥の着替えの横に綺麗に畳んで置いてある

服を指差した。

 

見覚えのあるガンビスンとトラウザーズ、それにマントやブーツ。

それは倖弥がサントワール城からアンジェルと一緒に逃げる時に着ていた服だった。

 

「貴裕、それ……っ」

 

「うん?」

貴裕は倖弥にガンビスンとトラウザーズを取ってやった。

しかし、倖弥がそれを受け取ろうと左手を伸ばすと左肩に痛みを感じた。

 

「いって……っ」

「アニキッ、大丈夫?」

「……あぁ」

倖弥は返事をしながらゆっくり体を起こした。

そしてガンビスンの左肩が破れているのを目にして眉間に皺を寄せた。

 

「屋上から落ちたワリにはアニキ、変な怪我してるよね」

 

「変な怪我?」

 

「だって普通は打撲とか骨折だろ? なのにアニキは左肩以外、

 ほぼ無傷なんだよねー」

 

「左肩?」

 

「うん、その服が破れてるトコ。切り傷って言うか何か鋭い物が掠ったって言うか……、

 後、右手首んトコも掠り傷が出来てるけど」

貴裕に言われ、倖弥は自分の右手首に視線を移した。

 

「……バングルが、ない……」

 

「あ、それ葉月も気にしてた。アニキが病院に運ばれた時にはもうなかったらしいよ」

 

「そっか……」

そして倖弥がガンビスンに視線を落とすと胸ポケットからシルバーの鎖が見えた。

あの純銀製の懐中時計に付いている鎖だ。

 

胸ポケットから懐中時計を出して見ると蓋に鋭く尖った“何か”が刺さった痕があった。

文字盤にまで達したと思われる傷で懐中時計を開いてみるとやはり傷があった。

時計は今も動いていた。

秒針が小さな音を鳴らし、刻んでいるのがわかる。

 

(この傷……あの時の……)

 

「アニキ、こんなの持ってたっけ?」

 

「……」

 

「……アニキ?」

 

「……」

 

「なぁ、大丈夫か? 葉月が昨夜なんかアニキの様子がおかしいって言ってたけど、

 やっぱりどっか頭打ったのか?」

 

「い、いや、平気だよ。どこも打ってねぇし」

倖弥は慌ててそう返事をしながら確信した。

 

(やっぱり……あれは夢なんかじゃなかった……)

 

「ホントに? 正直に言えよ」

貴裕は倖弥の顔を覗き込んだ。

 

「本当だよ。それより、お前早く学校行かないと遅刻するぞ?」

 

「あ、あぁ……、まぁ、アニキがそう言うなら信じるけど……

 でも、後でちゃんともう一回先生に診て貰えよ?」

貴裕は倖弥に念を押すと「じゃーな、また帰りに寄るから」

と学校へ向かった。

 

 

貴裕が病室を出た後、倖弥はガンビスンと懐中時計を見つめながら溜め息をついた。

 

(アン……俺がいなくなった後、どうなったのかな?)

 

自分が崖から落ちた時、体が消える直前にアンジェルの泣き叫ぶ声が聞こえた。

その声は今も鮮明に耳に残っている。

 

一度死のうとしていた事を考えるとあのまま自分の後を追い、

崖に飛び込んだりしていないだろうか?

 

それとも、無理矢理連れ戻されて今頃泣いているだろうか?

 

いや、それよりもアランは“サントワール王国”ではなく、“ウェッジム王国”に連れ戻そうとしていた。

という事は、あのままウェッジム城でアンジェルが二度と逃げないように監禁でもするつもりなのだろうか?

逃げ出した事でウェッジム王国の王族達から酷い扱いを受けていないだろうか?

 

(こんな事なら、逃げない方がよかったのかもしれない……)

 

倖弥はアンジェルを連れて逃げてしまった事を酷く後悔した――。

 

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